とらわれた思い

昨夜夕飯の煮ものの大根の皮を剥きながら、ふと思った。

私だって、親にもったいないお金ばかり使わせてきたな。って。


今年3月、長男が大学を卒業できなかったことを知ってから、なんだか、そのことばかりにとらわれている。だって何百万という授業料をかけて4年やっと終わったと思ってて、
なのに、その何百万がたった1教科か2教科のために棒に振ることになるかもしれないなんて納得がいかなかった。

なんで?なんで?
そのお金があったら・・・

息子の将来よりも気になってしまう使ってしまったお金。




そんなことにとらわれている自分にももどかしさを感じてしまう。
もっと、もっと、何かその・・・


それが、昨日、夕飯の煮ものの大根の皮を剥きながら、ふと思ったというか、、ふと、おかしくなった。

ねえねえ、あなたさあ(自分)、そんなこと言ってるけど、短大出してもらって、仕送りしてもらって、で、栄養士の免許とって、一度だって栄養士として働いたこともないじゃんね。
んでさ、ほどなく猛反対された男と結婚して、結婚式せんなん、打ちかけやドレスや言うて、嫁入り道具もかってもらわなんなん言うて、ほんで、あげくのはてに散々心配かけてかけ倒して、離婚して。

それでも、「あんたが幸せになってくれるのが一番だから」と許してもらってきたじゃないさね。
私が今、ふつふつとわき上がっている思いを一度でも思わなかったわけがない。




20歳前後の息子たち3人。
やっとここまで来たと思って一息ついた気でいるけど。いったい、どういう状態になったら心配ごとや気になることがなくなるんだろうね。

たぶん、この愛おしい思いは一生続くんだろうな。だってお母さんだから。
だけど、過剰に反応したり、過剰に守らなければと思ったり、そんな風にいつまでもいるわけにもいかない。


私が私の道をどう歩いていこうか。
この先どう生きて行きたいのか。
そういうことを真剣に考えるようになってきた。

なんとなく、生きてきたな。それはそれで幸せだったけど。
また、なんとなく、これから先も生きていければそれはそれでいいけれど、
だけど、なんとなく、真意から逃げてなんとなく生きているつもりだったような気もする。


昨日の茶懐石でいただいた色紙。
「和気吉兆」

和やかな気持ちでいなさい。吉の兆しが見えてますよ。



そう、言われた気がします。

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