3月はなんやかやと。

子どもたちが社会に出て行ったら、どんなに自由な世界が広がるんだろう。
それまで頑張れ私!

と20数年息子たちを抱いた時から息子たちが独立していく未来にあこがれていました。

子育てはそれなりに楽しんできましたが、でも、我慢しなくてはいけないこと、妥協しなくてはいけないことがたくさんありました。
子育てってなんですか?
と質問されたとしたら、きっと私は
「修行です」
と答えるでしょう。

私自身が強くたくましくなるための修行。

守らなければならない存在がいるということは、逃げられない環境にいると私は解釈していました。世の中には我が子を放り出して出ていく母親もいると聞きますが、私はそうしたい!と思う衝動に駆られることはあっても、実行するなんてことは絶対にできませんでした。

自分のことでも、我が子のことでも、ことが起こった時に息子たちのことも含めどうすればいいかを考えてきました。息子たちに何かが起こることは私は平穏な心で過ごせないだろうと考えていたから。息子たちのことを守ることは同時に私自身を守ることでもあったように思います。

それは、今でもたぶん変わりません。


4月から末子のチビが社会に出ます。
私が20年あこがれたその時がやってきます。

送り迎えも、毎日のお弁当作りも、授業参観も、PTAの役員も、子供会も、お医者さんに連れていくことも、一日の起きている時間の半分は息子たちに費やしてきたんじゃないかと思われる時間がとうとう全部私のものになります。

と思った瞬間。

私はシンプルに生きたいなと思うようになった。

今私にとって必要でないものは何?4月を迎える前にちょっと整理しよう。
チビのお弁当作りがもう数か月で終わると思った頃、私は自分が今どんな環境で生きているかこれが心地よいのかそんなことばかりを考えるようになりました。

その結果が、
町家(教室)はもういらないや。でした。
教室に置いてあるものもいらないものだらけだな。

と思いました。
「捨てる」「離れる」作業はとてもエネルギーがいります。
「捨てよう」「離れよう」と思うと、対極に「億劫」が現れます。

は~。。。何から手を付ければ捨てられるかもわからないや。。
そんなことを思いながら悶々と冬を迎えていました。

お弁当作らなくてよくなるけど、そしたらついでに作っていた私のお弁当なんて作らないよな。。そしたら毎日外食?え~~~それもまたいやだな。。

家でできる仕事が多くなって、外でやるセミナーが多くなって、町家にいることがどんどん少なくなって。

う~~~~ん。。。。
やっぱり、もったいないよな。
もっと、ここを生かせる人に使ってもらった方がいいよな。

除夜の鐘をきき、お節料理を食べるころ、やっぱり町家は手放そうと心が固まっていきました。


おもしろいものです。
家族から解放される時間が増えるというのに、自宅を拠点に仕事をすることになるとは。

でも、それが「今」とても理に適っているように思います。

おかげで、教室にあるいろんなものを手放さなくてはならず、またまた大きな断捨離ができます。
3月はそんなこんなでざわざわモタモタやってますが、これが終わったらどんなにスッキリするだろうと、淡々とワクワクしています。

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