んなら、持たさなきゃいいのに。

今朝の目覚ましテレビで、親が子どものスマホをいろいろ監視するものがあるとやってました。

「あんしん文字入力」機能がついた auの「miraie」

子どもが不適切な言葉を入力しようとすると、注意をうながし、その履歴保護者の端末で確認することができるのだそうです。



つい、
「そんなに心配ならスマホなんて持たさなきゃいいのに」

と口からでてしまいました。
横で聞いていた次男に「塾とかの送り迎えあるししょうがないんやろ」と言われましたが、
でも、一昔前そんなものがなかった時代でも塾はあったわけで。犯罪だってあったわけで。。


与えるだけ与えて、そして過剰な心配をして監視して。なんだか変。
いったい子供がいくつになるまで監視し続けるのだろう?


便利と引き換えに失われる「時間」
子どもは子どもの、親は親の時間があるはずなのに、あまりにもシンクロしすぎてしんどくないのだろうか?

なんて、考えてます。



息子たちが全員社会人となるこの春。
私は息子たちを持った時からの目標「社会人に育てる」が達成されます。
心身ともに健やかに、いずれ社会の一員として役に立てる人間に育てる。それが目標でした。
息子たちの心身ともの「自立」が目的だったので、私は家庭の中の暖かさ以外、息子たちに任せてきました。(いいのかわるいのかまだ結果はわからないけど)
そして、次の目標は 「家族」を持ってもらうことです。人として愛し守るべき家族を持つことでさらに熟成していってほしい。


「子を守る」
とは、どういうことなんでしょうかね?
子を守ることイコール干渉することではないと思いますし、親の心配事を背負わすことでもないと思います。


かといって、、、かといってですよ
放任もいかんわけです。「知らなかった」で済まされないことだってあるわけです。



つい、忙しい忙しいと、一番大切なものが見えなくなる時があります。
そういう時に「これで大丈夫なんだろうか?」とふと考えます。
そして、自分にとって一番大切なものは何か、自分は何のために「一生懸命」と思って働いているのか考えます。
くくるを可愛がる息子たちの姿を見て、ほんわか安心します。
友達のことを気にかけたり、気にかけてもらったりしている息子たちを見て、安心します。

たぶん、息子たちも、私のいろんな面を見て安心したり、はらはらしたりしていると思います。

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