お母さんだから。

私は女です。
戦後22年後に生まれ、父母も戦中生まれで戦争のことは「食べ物がなかった」くらいの話しかできない世代です。

その私が男の子3人の母になり、その子たちは今年24歳、22歳、19歳となります。

息子たちが大きくなるにつれ、戦争の話は身を引き裂かられる痛さを感じ、どんな話を聞いても涙が止まらなくなりました。

正直、自分は女で戦争は教科書や映画やテレビで知ったもので、なにかこう漠然と怖いと思うだけで、お腹の底から沸き起こる何かなんてものは全く感じず、「もう戦争なんて起こったらいやだな」くらいなものでした。


世界中に起こっている戦争も、「日本に生まれてよかった」
と自分の幸運を喜ぶくらいの感情でした。

ついこの間まで。


戦争で亡くなった方たちの年齢を改めてみるまでは。



今年戦後70周年を迎え「第二次世界大戦」のことをよく、非常によく目にするようになりました。
目にするので、いつもより関心を持って見ていますと、戦争で亡くなった方々のお写真がたくさんあることに気が付きました。(そんなことも気に止まっていなかった)
そこに書かれてある年齢を見て一気に戦争が現実味を帯び、痛みとなって襲ってきました。

19歳、21歳、25歳。

そんな年齢ばっかりじゃないの。


それは、そのまま息子たちとかぶっていきます。
まるで息子たちが軍服を着てそこにうつっているような錯覚に陥ります。
そして、激しい感情が沸き起こってきます。

私は息子たちを戦地に送るなんてこと絶対に嫌だ。
私より先に死んでしまうかもしれないという恐れもそうだし、
誰かを殺めてその苦しみを背負って生きなければならないことも許せないし、


なぜ、日本はこんな若者たちを当たり前のように戦いに送れたのだろう?
なぜ、日本は死ぬしかない特攻部隊の訓練をこんな前途洋々の若者たちにできたのだろう?
なぜ、「おかあさん」と故郷に向かって泣いているような子どもを飛行機に乗せることができたんだろう?
なぜ?なぜ?なぜ?

何もかもが理解できない。

私がこの時代に母として生きていたら、たぶん非国民になっていると思う。



何があって、なぜそうなったのか。
勉強すれば知ることもできるのだろうけど、
私が味わっている感情は頭で考えていることではない。
心?どこから来ている?
なぜ、こんなにも悔しくて、いとおしくて、涙が止まらなくなるのか。






昨日、フェイスブックを見ていてとある投稿が目に入りました。

中村文子さんの言葉です。

 それほどに戦(いく)さがしたい男らよ 子を生んでみよ
死ねと言えるか

(13年8月5日配信『朝日新聞』-「天声人語」)




私はきっと子宮で感じているんだ。
命の源が、震えて怒っている。
我が子を思う母の気持ちがいかばかりのものか、男にわかるか?!
と叫んでいる。



昨日の終戦記念日に特集でやっていた番組を息子と見ながら私はまた、泣いていた。
いつものことなので息子たちも気にもとめない。

「おかあさん、もし今戦争が起こってあなたたちが行かなければならないようなことが起こったら、あなたたちをだれの目にも触れないところに隠したい。全力で阻止する。誰がなんと言おうと嫌なものは嫌だ」
とティッシュで目をふきながらつぶやいていたら、
なんだか、困ったような顔をして、「仕方がないな~」というような顔をして息子は聞いていた。



私は戦争を「おかあさん」という立場で見て感じている。
ネットで流れてくる情報も、映画も、テレビもぐちゃぐちゃになっているけど。

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