今できること

「今できることをやらずに、将来の事ばかり気にするのはやめなさい」

今朝フェイスブックを見ていて目に飛び込んできたコトバです。
これを見て、10数年前「不安病」に取りつかれて泣いていた時のことを思い出しました。
今でもあの時の気持ちにリンクすると胸がキュッと苦しくなります。

自分の存在価値がどこにあるのか、そんなことばかりを気にして
その時に向き合わないといけないことから逃げて逃げて逃げまくっていた時期です。

子育てに没頭できる時期の短さがやっと見えてきて、「子育て」がなくなった後の自分が想像できず、知らない間に世間から取り残されているような気分でした。

今から考えると、人生を共にしようと決めたはずの夫といつまでたっても心が通わず、こんな人と一生添い遂げて自分は大丈夫なんだろうか?
大丈夫も何も、嫌でしょうがないんじゃないか?
3人も子どもがいて、家も建てて、義父母もかわいがってくれてて、鶴来でも友人が増えて、そんなあたりまえの幸せを放り出す勇気なんてないくせに。

旦那の足音が100m先から聞こえただけで、家の空気を凍らせてしまう私のエネルギー。

いい人ぶった自分と、根性悪の自分と、わけがわからなかったよな。
訳が分からなくて、泣いてばかりいたし、読む本は「引き寄せ」とか「占い」とかばかりだったし。


自分勝手な妄想に憑りつかれていたけど、もがく中で最後の砦「子どもたちを捨てず」に生きられたのはラッキーだったな。と思う。


でも、よ~~くよ~~~く考えてみると
あの時、本気で本気出して、泣いてたんで真っ暗闇だと泣いて、それはそれでよかったなと思う。
あの時は、ああやって、わからんちんで泣いて、泣いている自分ととことん向き合って得た物は、全部今にリンクしている。

逆に、取り繕って、ごまかしてへらへら笑ってなくてよかったのかも。
とも思う。

ま、どれがいいかなんて、どれか一つしか選べないからわからないけどね。行かなかった道の方がどんな道だったかなんて。


ただ、自身をもって言えるのは
子どもたちをもってから、子どもたちの事に関して逃げたことはなかった。
足が震えることもあったけど、逃げなかった。

そして、それが良かったのかどうかの答えは息子たちから毎日のようにもらっている。

手を抜いたところはそれなりに。
歯を食いしばったところはそれなりに。
楽しくてしかたなかったところもそれなりに。

息子たちが、「おいしかった」とご飯茶碗を片づけながら言ったり、
「シルバーウィークひとっつもない!」とぶーたれながら会社に行ったり、
部屋も片付けずに先輩と遊びに行ってしまったり、

これ全部、思い当る節がある(笑)

でも、取り返しつかないしね。


今じゃ抱っこしておさめることもできないし。


おととい星野佳路氏が言っていた TRADE-OFF。
お母さん業にはつきものだと思う。
一方を追求すれば、他方が犠牲になる。
子育てと仕事は一方と他方の関係かもしれない。
そう考えると、TRADE-OFF 子育てを犠牲にしても得るものは母にはあるのだろうが、犠牲になった子供たちは子どもたちのTRADE-OFF であなたを犠牲にするときがくるかもしれない。

と思うと、そっちの方が怖かったな。
と今更思う。

何がいいのかなんて、その時はわからなくて当たり前。だけど、「今」を生きながら振り返ると、あの時できることをやっておいてよかったな。と思う。泣くことも迷うことも。

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