自惚れの強い自意識過剰。

いろいろな人と出会って、出逢いがあるたびに、何かが起こりそうな予感で胸が躍る。


6年前からそんなことばっかり思ってきた。
人との出会いを自分の手の中に収めておこうと執着するのはもったいない。

そんな風に考えられるようになったのは、ある意味、子ども時代風邪ひきさんで月に3日は学校を休んでいて、病み上がりに学校に行くたびに疎外感を味わい、ようやっと慣れたころにまた熱をだし、そんなことを繰り返すものだから、なんだか「友達」というものを作るのが怖くなっていって、

友達も、3日学校にいない間誰かと仲良く遊んでいるわけで、
そこには、私が熱でうなされて知らることができない会話や遊びがあるわけで

「こういうことがあったよ」

なんて、誰かが教えてくれるわけでもなく、
いや、むしろ、「あの子、あなたの悪口いってたよ」なんてわざわざ言ってくる子がいたりして

そういう経験を、10代前後に味わって、休み時間誰と遊んでいいかもわからず、さみしくて泣きだしたこともあったような。



あの時からたぶん、人に対して執着をいただかなくなったような気がする。



でも、反面
どうにかコミュニケーションをとってさみしくない状態にする努力をすることも覚えたような気がしていて、


思えば、10代前後のあの頃に培ったものが、今商売を始めてすごく役に立ってるな。
なんて思ったり。


めどくさい両親だったけど(あ、今も健在です)愛情は人一倍かけてくれたと思う。
学校でなんで一人ぼっちでさみしいのか、そんな話を聞いてくれる余裕もない親だったけど、
だから、すぐに熱をだして学校に行けなくなっていたのかもしれないけど


でも、一人ぼっちで物語を妄想していたり、
読書をしたり
どうやったら大縄跳びに混ぜてもらえるのか考えたり

観察したり、工夫したり

ずいぶんけなげな少女だったように思うけど。


だけど、仲間外れ、今でいういじめにあっていたわけでもなく。
誰かが何かしてきたわけではなく。


自分の居場所がどこにあるのか自分で探せなかっただけ。


だからこそ、
自分の居場所は自分で作らないといけないことを知っている。


SNSなんてものが世の中にあって、
情報のフィルターをかけるすべを知らないまま、参加してしまい、その世界に翻弄されている人がいる。
リアルとバーチャルの区別もつかず、まるで社会に取り残されたような疎外感を味わってしまっている人たちと出会う。


なんて、自惚れの強い自意識過剰な人。


と思いつつ、そう告げても本人の解決にはならないので、
まずは、考えてもらう。

その世界があなたにとって必要なのか、いらないのか。
いらないと答えが出るのならさればいい。
必要だと答えがでるのなら、その世界でどうありたいのか「さもありなん姿」を導き出せばいい。

一番あかんのは、
そこにいないと、取り残される。
という恐怖にあおられること。
恐怖を感じているのも自分なら、あおっているのも自分。
すっぱりとその世界から離れて、生き生きと過ごしている人も確かにいる。


SNSとのかかわり方のコツは
「さもありなん」を見つけること。

「さもありなん」ではない世界に執着しないこと。


3月9日(金)14時~ 株式会社ハートハウス(金沢市八日市)さんにて
「バッチこい!のフェイスブック勉強会」を開催します。
参加費3500円。
日ごろ不安に思っていることをランダムに伺って順番に答えていきます。
他の方がどういう風にかかわっているかも感じ取れると思いますよ。

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