その先、その先が肝心なんですよ。だから軸がないとなんでもかんでもになってしもうげんて。

パソコンの講師をするのに実は資格はいりません。
教室によっては採用する際に有資格者であることを条件にする場合があるかもしれませんが、法律で決まっていたりということはないのです。

パソコンがちょっと得意な人が教えるということはなんら問題ないことであるということです。

なので、パソコンの講師をしているけれども、〇〇しかわからないという人たちはたくさんいます。
いつも真っ黒の画面をみながらカタカタやっているプログラマーのような人たちがエクセルをしらないなんてことは日常茶飯事で別にそれでかまわないのです。
エンジンの設計図は書けるけれども車は運転しない。みたいな感じでしょうか。


「資格」
ってなんでしょうかね?

以前エリート税理士さんが言っていました。
「採用するなら簿記3級のひとがいい。2級以上になるとけっこうあつかいづらくってね」
と。
この意見は私も賛成です。
何事も資格が度を越すと「素直」でなくなる。

経験もないのに、できると錯覚してしまい、経験がないばっかりに応用がきかずニーズに対応できない。派遣会社でスタッフ研修を担当していた時、このような方々をたくさん見てきました。
資格に溺れ、できると勘違いし、派遣先で周りとの調和も考えずに勝手な行動に出て嫌われる。
本人は何がわるいのかわかっていない。


「資格」はツールです。
資格を持って自分は何を活かすのか。自分の中にある何で人様のお役に立つのか。そういうことだと思うのです。この大切な部分を見失うと、資格をどんどん上にあげていかないと不安になり、勉強とテストを繰り返す。
資格産業の思うつぼです。


「資格」をもったからといって、幸せにはなれません。
「資格」をもったからといって、金持ちにはなれません。

「資格」をもって何をするか。資格をもったから何かをできる人になるという依存が生じてませんか?本当はそんなものがなくても十分にまわりから信頼され仕事ができているということはありませんか?資格を取り入れ更なるステップをふもうと思うその先に何が見えていますか?
あの人がその資格で成功しているのは、その資格があるからですか?

その資格を持って仕事をしている人で成功者はいますか?

なんでもいいので、自分に質問してみてください。
なにか見失っていたりしていませんか?

もし、すでにお客様がいらっしゃるのなら、
お客様があなたを選んでくるのはなぜか考えてみたことがありますか?
あなたの何が好きなのでしょう。なぜあなたがいいといっていらっしゃるのでしょう。

手の中にあるもの。
そこをじっと見つめるといろいろな可能性が見えてきます。
やらなければいけないシンプルなことが見えてきます。

ないものばかりを追わないで、
自信を持って、謙虚に経験を積んでいきましょうよ。

あ、でも私は資格試験のために勉強するのは好きです。
テキストがありそこをじっくりとまとめながら理論を叩き込むのは嫌いではないです。
パソコン関連の簡単な資格を持っていますが、それを取得するのに半年教室に通いました。
あの時間は貴重な時間だったと今でも後悔はありません。

息子たちが保育園や学童保育に行っていたころでした。
仕事を終え、迎えに行き、ご飯を作り食べさせ、お風呂に一緒にはいって、寝るまでにして夜の8時~10時まで週に2回通っていました。
試験に合格した時は、息子たちはたくさん褒めてくれました。

試験当日はお祭りの残った赤飯を朝ご飯に食べたのがあたってしまい、上から下から大変なことになりながら受験しましたっけ。
そんな状態でもその教室の歴代2位の成績で合格できたのは、いっぱい勉強して練習したから。
その後何が身になったかというとその時の勉強したこと練習したことであって、資格はとくに何かってわけでもなかったような気がします。

その時から15年。
15年パソコンの前で仕事をしている結果が今の私です。

続けてきたから今の私がある。一朝一夕で伊藤さんは出来上がりませんでした。


その資格をとって、何を得ますか?

ちゃんと腑に落としておきましょうね。


資格を取ることが目的になっていませんか?
結婚が目的でその先にどういう家庭やら過程を築こうか見えていない結婚生活のおもしろくないこと(笑)結婚式で目的は達成されてしまってるんですものね。「え~~~~!!子ども生まれちゃうのぉ!私どうするぅ!!」てな人生でしたから。そういういきあたりばったりはもうこりごりです。

チャンチャン


コメント

このブログの人気の投稿

自己チューな言葉

「あぽじら」の正しい使い方

【1日目】金沢港出発 @コスタネオロマンチカ