父が嫌い。面倒で嫌い。でもそんな父にそっくりだと息子たちは言う。とほほ。

実家の父はたぶん75歳。
数年前に心臓のバイパス手術をしてからは、めっきり小さくなったような気がします。
そして、どんどん頑固になっていきます。

以前から、何かにつけて意固地なところがあり、それが出ると面倒でそういうふうになった父のことを本当に嫌いでした。
それが、年をとって頻繁にでてくるので、つい、実家に帰る足も遠のきます。


私もたぶんよく似た性格なんだと思います。
そして、日々仕事でアドレナリンプシュプシュ状態で仕事をしているので、休日に意固地同志で意地の張り合いみたいな会話をするのが、ほんと面倒で。

そんな父は最近自分たち(母の事も含めて)のお葬式の事について言います。
「なんもしなくていい」
そして、
「延命治療は絶対するな」
と。

お葬式は遺された者のお別れの儀式です。
亡くなっていく人がどうこう仕切ってもしょうがないじゃん。と思っています。
嫁入り先で数々のお葬式のお手伝いをしましたが、親族は手続きも含めやることがいっぱいあって大変。
葬式をしなくても、亡くなったという届出や、火葬や、骨をどうするかとかいろいろあるわけです。

自分たちの我を通すことによって、私たちにかかる負担のことは考えていない。
業者に任せるところは任せて滞りなく終わっていく方が、私は楽なのに。。

と結局自分の楽を思って、父に反発しているわけです。


それと、延命治療。
この人たちは最後に管につながれて死んでいくと思っているらしく。
そういうのはいらないと言います。
でも、どこからどこまでが延命治療で、どこからが普通の治療なのか。
医師がこれをしたら命が救われると言った時に、「それはいりません」と伝えるのは管につながれている父ではなく私になるんです。
ということを父は考えているのだろうか?
と思ってしまいます。

父の遺志を尊重して、、、と言いながらどこかで、面倒だからもういいや。なんて思う自分が出てきたら私は一生後悔するんだろうか?とか、


ずいぶん前のことになりますが、私の結婚式の時も父は「キャンドルサービスなんてあったらおれは式に出席しない」と言って聞きませんでした。
別にそんな盛大な式を挙げるつもりはなかったのですが、どっちだっていいじゃないキャンドルサービスなんてね。でも、そのおかげで私の選択肢は狭まり、なんだか我慢して結婚式を選んだような気分になっていました。

父と私の性格。
どっちも、そうなってしまっている性格。

でもね、父の言い分は周りの選択肢もなくしている。
これしか選ばせてもらえない我儘さが否めない。
父の考えを全面否定するつもりはないけれど、
なぜ、私の思いを聞いてくれないのか。
うんもちゅんも言わさず聞こうとしないのか。
悲しくなってしまいます。


たぶん、私の根本にある幼いころからのトラウマ。
可能性はいっぱいある。
自分が思っている可能性の向こう側に行くことだってできる。
それをつぶす権利は親と言えどもない。


実は先日、とあることで、父の葬式感を押し付けられまして、ちょっとむかついていたんです。
むかついていたのに、母が叔母が私がお願いしていた梅干し用の梅を届けてくれたから取においでと連絡をしてきたのです。

う~~~~~~。宅急便で送ってくれれば楽なのに。

次男に相談しましたら、一緒に行ってくれるというので、まあ、何事もなかったふりをして行くかと腹をくくって出かけてきました。
父は囲碁にいっていませんでした。(たぶん逃げた)

母と次男と私と小1時間。
その中で母が「私らは延命治療はしなくていいから」とまた言うものだから、私は次男もいることだしと私の考えを言ってきました。

「私は、もし私がこの管を抜けば亡くなるような状況になった時に、私はきっと苦しいしもういいと考えるだろうけれども、子どもたちの気持ちに想いを馳せたら、心臓が動いていて、暖かい母親がそこにいて、「もういいです」と誰に言わせるのか?って考えるわ。
この子たちの日々の優しさを感じたときに、この子たちがもしかしたらものすごく苦しむかもしれないという可能性があるとしたら、私はこの子たちにゆっくり選択できるだけの、時間の猶予を与えてあげたい。そのためにはその場は延命治療を選ばなくてはいけないかもしれない。
そうなった時に、彼らが困らないほどの保険金はかけておこうと思うよ。
私ではなく、息子たちのそれからの人生に悔いが残らないように、介護したければ介護すればいいし、施設に入れたければいれればいい。
息子たちが選択できるよう「お金」を準備しておきたい。

死んだときもそう。
葬式をするしない、を選択できる準備をしておきたい。

管につながれても、死んでしまっても、私にその時に選択することはできないのだから、その時に選んで、決断しないといけないのは、私ではなく家族なんだから。

私はその時の家族の気持ちに想いを馳せるわ」


母はたぶん、また私の意地っ張りが出たと私の言っていることを聞いてないような感じでした。
話を他に移したそうにいました。
父の考えに背くのが面倒なのだろうな。

話を聞いていた次男が
「長男は、絶対にもういいですって言えないだろうね」
と。
「そだね」
家で一番ツンデレの王様の長男のこと。
そのツンデレの彼を次男から見てそうできないだろうと言いました。

「あんたも、嫌やろ」
「うん。たぶん。まだ心臓動いてるんやろ?そうしてたら生きているんやろ?」
「たぶん、そういうことだろうね」
「だったら、管抜いてって言えんやろな」
「だろうね」

チビは、チビは、たぶんチビも同じのような気がします。



父の事が面倒で嫌いだと思う時が過去何度もあったけれども、私は「もういいです」という最後の決断を私にさせることをさせないでほしい。
父にお別れが言いたくて、押し寄せてくるラグビー関係者にいちいち弁明させないで欲しい。
できるなら葬儀社に任せてあっという間に終わりたい。
言われるままに動いて、言われるままに手続して、何も考えなくても終わっているのがいい。
お葬式のその日に、多くの人にお別れを言ってもらって、じゃ、明日からは自分たちの生活にどうぞ。ってなるようにしておいてほしい。


その日がいつか来る。

父にも母にも私にも。
父と私の価値観の違い。
そして、なるようになると身を任せていればいいものを心配性なところ。



実家からの帰り道
「おかんは、ジーちゃん帰ってくる前に帰りたかったんやろ?」
「うん」
「と思った。」
「うん。ありがと」

こんな気の利く息子に私はやっぱり、彼らがどうしたら穏やかに暮らせるのかを一番に考えて生きていたい。

そのためには、
私は健康であらねばならない。
私は幸せであらねばならない。

と思っている。
迷惑をかけないで生きるのは無理だと思って生きていたい。
迷惑を少しでも軽くしてあげられるように、やれることをやっておきたいよ。かーさんは。


実家に10何年も帰っていないよ。という人の話を聞いてうらやましく思うことがあります。
近くにいるばっかりに、なかなかいけない自分を責めてしまう。
東京にいる妹がうらやましく思ったりします。
父母が私の事を何と思っていようとも、私はいつもなんだか罪悪感を感じながら父と母を感じています。

いちど、どうにもならない距離に住んでみたかったな。

7月15日(金)【ブロガー・カメライター かさこ】
2時間「好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術」講座
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<タイムスケジュール>
受付け 13:00~
開始 13:30~
終了 15:30
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<場所>
ITビジネスプラザ(武蔵金沢市 武蔵町14番31号)研修室
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<料金>
受講費4000円(税込)
※受講費は振込前払いとなります。
※領収書の必要なあk他は宛名と日付をお知らせいただければ当日お渡しいたします。
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<定員>
50名
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<キャンセル料>
キャンセル3日前~2日前:50%
キャンセル1日前~当日:100%
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<持ち物>
特になし(メモ用に筆記用具)
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<お申込み方法>
お申込みは「お申込みフォーム」からお願いいたします。
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