意味があるようで意味がなく、意味がないようで意味がある。静岡から帰ってきました。

旅行というものは、ほんと、ご縁のもので、「無理!」と思えば行けないし。「行ける」と思えば行けちゃうし。

去年からご縁あって、いろいろと旅に行かせてもらってます。
それまでは、ほんと旅行といえば一大事で、お金もかかるし、準備も大変だし、想像しただけで、行けないや。と思っていました。
昨年からチビが就職したこともあり、とりあえず「ご飯」の心配をしなくてもよくなったというのが、家を空けることに許可をだせる大きな要因だったと思います。

ほんと、お母さん業を一生懸命やってきたのね。
と自分でも思いますが、だからこそ、こうやってあちこちと行ける喜びを感じることができます。



一瞬一瞬その時に目を向けて、何が一番大切なのかを見極めながら生きる。
今を生きる。


これが本当に大切なことだと、今更ながら感じています。



さて。今回の静岡旅。
私が数年前からお師匠さんと思ってお慕いしている方が企画してくださったもので、
電車は一緒に行く方が手配してくれ、私は行く日まで仕事をやっていればよい。そんなお気楽な旅でした。
静岡にいって何があるのか、何をやるのかもさっぱりわかっていませんでした、お師匠さんがおぜん立てしてくれていることにのっかっていれば大丈夫という安心感がありました。


今回の旅は「クリエイティブに触れる旅」だったように思います。

水墨画家 中野素芳さんの工房は、山と茶畑と機関車が走る川根温泉からもう少し奥に入ったところにありました。









初日は、Tシャツの絵付け体験でした。
ぶっちゃけ、え~~自由にTシャツに絵を描くのかとと思っていたら、決まった型でやるの~~。
と、ちょっと不服でした。
最近、特に、「型にはまった」ということに抵抗があるようで、それをやれと言われるようなことも嫌だと思うわがままおばさんになっているという自分に改めて気づかされました。

そして、素芳先生が、こうしたら?と置いた型紙を「反対側に向けたいです!!」と反抗し、墨の置き方を教えていただいて、染めつけにはいりました。

頭の中は、この型紙の中で、どう我を出すか(笑)

とんとんとんとんと染めていますと、無心になっていく自分がいました。

息もせずにトントンやっていて、酸欠になって「ぷは~っ!」と息をしてまたトントン。


我を主張した、ひまわりTシャツができあがりました。
お隣では、型染めの竜のお顔に手描きで体を描いているのを見て、そっちも作りたい!!
と思いましたが。たぶん、いっぺんに2個は息が続かないです。

そして、夕飯。
6月20日は満月。
テラスに並べられた、先生とそのご家族ご友人たちが丹精込めて作ってくださった宴。




さりげなくふるまわれるお料理の数々に、先生の粋と、真心を感じました。
どれも本当においしかった。
ヤーコンのしゃくしゃく。
切り干し大根のこりこり。
手作りこんにゃくのぷよぷよ。
豪快に酢漬けされたセロリのガシガシ。
ピーナッツの煮物のぷちんぷちん。

お腹にどんどん詰め込んで、それでも舌がもっと味わいたいと欲しました。

美味しかった。
本当においしかった。
あ~~~~。今日もまた食べたい!


お腹がいっぱいになる頃、すっかり夜になった空が、山の方から明るい光がさしてきました。
満月が、山の間、桜の木の葉っぱの間から、どんどんと登ってきました。


2日目。
目が覚めると、パンパンと外から雨粒の音がしました。
「あら、今日は雨がふっちゃったんだ」
2日目も何をするのかよくわかっていなかったので、雨が降っても移動にちょっと困るな。
くらいにしかその時には思っていませんでした。

8時にコテージまで朝食が運ばれるころには、大雨注意報がでるくらいの土砂降りの雨。

9時に出発の時もやむ気配はなく、雨足はどんどん強くなっていきました。

途中素芳先生をお迎えに行き、そのまま茶名館で新茶体験に向かいました。
その道中。
「私がね、お客様をお迎えして雨が降ったことなんて一度もないのよ」
と先生がおっしゃいます。

そして、私たち一行もたぐいまれな晴れ女集団であることも判明しました。

ところが、大雨。
土砂降りの雨。

「何か、メッセージがあるのよね~」
といいながら茶名館到着。

すると、2日前に空いているかどうか聞いていたにも関わらず、その日は急な工事が入ってしまい臨時休業。

それでも、素芳先生は動じません。
すぐに工房に残っておられる方に電話をしてしばらくして着く私たちために指示を送り始めました。

そして、急きょ用意されたのが、
水墨画体験。

内心やった~~!!
と思いました。
絵を描くことも大好き。
墨も大好き。
そして、何より大先生に教えていただける。

まずは、先生がお手本をかいてくださるのをみんなで見ました。
先生は言います。
「今から私が言ったり、やったりすることを見ていて。そして覚えて」
!!!!!
そうなると、瞬きひとつもできません。
目と耳を集中させて、先生を先生だけを見ます。

「ゆすりとり、ゆすりとり」
「かわいたところ、ぬれたところ」

まるで呪文のようにブツブツおっしゃりながら、どんどん半紙の上に絵が出来上がっていきます。

すっかり見とれていると、5枚描いた絵のどれをかきますか?
と言われました。



そ、そんなん無理!!!!


みなさん、お花や、おじぞうさまやらを手にしていきます。
たぶん。それを描くことになるんだろうな・・・と思ったものが私の手の中に。

2匹のフクロウが手をつないだもの。
私は今年「パートナー」という言葉に敏感になっています。
仕事のパートナー、人生のパートナー、友達、などなど私以外の人と手を取りこの先進みたい。

そういう思いが強くなればなるほど、今自分が独りボッチなんだということも感じないわけにはいかず、手をつないでいる姿なんて素直に書けるはずがない。
と先生がフクロウの絵を描いたときにすでに心の中にモヤッとした感情が生まれてました。

あの絵はやだな。
だけど、その絵を描くな私。



先生のお手本が横にあると、それと一緒の絵がかきたくなって肩に力が入ります。
マネをしようとすればするほど、線は面白くなく紙にのっかっていきます。
これまた、息が続かなくなって、もうこれで終わりにしようと思って、今度は先生の絵を目に焼き付けてから、一気に描いてみました。


ま、よしとするか。


先生は、Tシャツの絵付けを教えながら、水墨画の筆使いを教えながら、たくさんの事をお話ししてくださいました。
優しく、厳しく。


今しばらく、流れに身を任せてみよう。
ただし、信念はそのままに。


家のお風呂につかり、そのままばったりと眠り、今朝目が覚めて、そう思いました。
何もかも、うまくきている。
いつも、心にあったこと。
何に腹が立ち、どんなことで焦りを感じ、何に不安だったか。
何がうれしくて、どうだから覚悟し、何をもって安心したのか。

とってもシンプルなこと。
それはいつも変わらず私の中にあって。
たぶんこれからも、ずっと私の中にある。


「苦労」は自分が感じるもの。
傍がいうから「苦労」しているというものではなく、
自分が「不苦労」ならそれでいいがやわいね。

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