チャンスはどこに転がっていた?①

6年前、私は友人社長の気軽な無責任なひと言で起業を簡単に決めました。
いつか何かで独立してみたい。
という思いは17歳のころから芽生えていて、そこから30数年たってもその思いはぼんやりと自分の中にあり、ほんのたわいものない友人の一言でしたが、私にはラストチャンスに思えたのでした。

「うちの会社の一角の空いているところで、パソコン教室やればいいのに」

お金があるとかないとか、そんなことは二の次で、その気軽な誘いに、心がすごく踊った覚えがあります。
が、そのころの私は、某パソコン教室の講師をしていました。そして、社長夫妻に気に入られ取締役に就任(というほど大げさなものではありませんが)したばかりでした。
決して楽ではない経営状態の中、私に事務員はなく、講師という肩書を与えてくれた会社です。
なんとかして、盛り上げていきたい気持ちはもちろんありました。

でも、夫婦で経営しているその教室は、田舎にあってすっかり守りに入っていました。
やりたいことや、アイディアはどんどん浮かぶけれども、怖がって成功する根拠を欲しがっていて、行動に移すのに莫大なエネルギーが必要でした。
かけれるお金も事業計画があいまいなので使えるお金の幅を把握していない。
だから、怖がる社長と、だから、どんぶりでだいじょうぶ♪と気軽に言う奥様と。

そして、一番危なっかしかったのが、根拠もない新しい事業への資金投資。

初めての経営といっても、先行きが雲に覆われているのは一目瞭然でした。



ここでは、私がやりたいことがやらせてもらえない。
結局、経営陣に入れるから出資金を入れてくれ・・・ということなのか?
なんだか、いいように騙されたような気分になっているところの、友人からの誘いでした。



年末にそんな話が出て、悶々と正月休みをすごし、休み明けは、社内会議から始まり、数か月前の収支報告を正月早々暗~~~~く聞くスタッフと私。


このままではダメだ。
という話はもちろんわかっている。わかっているからこそ、どうやってここを打破するのか。
節約するところはとことんやってる。そんな問題じゃないでしょ?
経理をため、正月休みになったからたまった帳簿を入力したんでしょ?
うすうすわかっていたけど、現実に数字が見えて、それでどんよりとして、で、そのどんよりを社員にそのままぶつけて、正月休みいったいなにやってた?どんよりお通夜みたいに過ごしただけ?

じゃ、12月分の帳簿は?は?まだ?いつ出てくるの?何日までにでてきます?

正月早々の社内会議であまりにも暗い話に私はついカッとなって社長夫妻にまくしたてました。


カッとしている社長の顔。
下を向いてしゅんとしているだけの奥様。
私の剣幕に動揺してどうしていいかわからなくなっているスタッフ。

今でもあの時の光景は目に焼き付いています。


「ねえ、しっかりしてもらわないと、私はここをやめて独立しちゃうよ!」
心の中では、くってかかってこい!と思いながらもその場はそのまま終わっていいきました。



たぶん、この時に独立する決心はついたんだと思います。


いつまで、誰かにお伺いを立てながら、自分の中から沸き起こるホスピタリティのアイディアをつぶしていかないといけないのか。もっと、もっと自由にサービスがしたい。
お客様が本当に喜ぶことを追求した仕事がしたい。
行動して経験できる場を自分に与えたい。


自分はもう40を超し、体力的、気力的にもこれが最後のチャンスかもしれない。
きっと、最後だ。
友人はそんなに重くとらえていないだろうけれども、でも、これはチャンスの女神さまが今私の目の前を通り過ぎんとばかりにいるのだ。


その前髪つかもう!


本当に決心を固めたのが、2月3日の節分。
友人社長にその旨を伝えると
「へー。そうなん」
ほら、やっぱり、気軽に声をかけただけだったんだよね~。
でも、聞いたからやらせてもらいますよ。

友人社長の曖昧さを逆手にとって、推し進めることにしました。
したたかと言えばしたたかだけれども、どうしても実現したくなったんだもの。


すぐに退職の意思を伝え、3月半ばに退職し、勇んで準備に入ることにしました。
が、、、、、、ものごと、そうは簡単にトントン拍子というわけにはいかないものでありまする。


続く


私がラッキーだったことは、ホームページを自分で公開できる基本的なスキルは持っていたことだったのかもしれない。

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