チャンスはどこに転がっていた?②

前回「チャンスはどこに転がっていた?①」はこちら
さて、今回はいよいよオープンに向けて右往左往した2010年3月のお話しです。
最初は合同出資の予定でしたが、、、、、




せっかちな私は、3月に仕事を辞めて、4月にはパソコン教室をオープンさせられる気満々でいました。
なんとかなるだろうと。

当初の予定は友人社長との合同出資での教室開校でした。
100万づつ出し合い必要な物を準備し、利益を分けるという形でした。

起業にはお金がかかるもの。
と信じ込んでいた私は、200万はいるだろうと勝手に思い込んでいました。

幸い、机などは、その会社にあるものを使っていいということだったので、買わなければいけない物は、椅子と、パソコンと、プリンターくらいでした。
で、この時のこの社長のアドバイスが、安価な習い放題の教室にして生徒を何人か入れたら?
というものでした。安くないと人は来ないでしょう。と。

その計画で、事業計画を立ててみて。と言われ1年間の事業計画を立ててみました。
50万円の売り上げを上げる計画をたて、友人社長に見せました。
「う~~~~ん」


友人社長は思ったはずです。
「儲からない」と。

私は思っていました。
「50万円の売上げを上げるこの計画で仕事をすると私はつぶれる」と。

数日後友人社長から言われました。
「時給1000円で雇う形でやってみない?」
「え?100万出してパート扱いですか?」
「だって、売り上げマイナスでも給料が出るんだから私の方がリスクがあるじゃないの?」
「・・・」

何それ?でした。
そういうやり方もあるかもしれない。
だけど、何のために中途半端に仕事を辞めてきて、まわりにパソコン教室をやるの!と言いふらし、で、結局パートで雇われているって。何?なに?

意味が分からず、ただただ腹立たしくなっていきました。
リスクが無いことはわかります。でも私はお金が欲しくてパソコン教室をすると決めたわけじゃない。私は私の思ったことをすぐに実行して試して見たいから独立したいと思ったのです。

違う!ちがう!
こんなのちがう。


数日間、友人社長とは口も聞かずに、悶々と考えていました。
本当にやれるのか?やるのか?

友人社長ともし離れてパソコン教室を開校するにはひとつネックがありました。
3月に入ってすぐ申し込んだパソコンのリース契約です。
仮申請の時点だったので、やめることもできたのですが、その時の私はそのパソコンが絶対必要だと思い込んでしまっていました。
6台のデスクトップパソコン。

安価な習い放題の教室にするために必要だった6台のパソコン。
無謀な事業計画を達成するために必要だった6台のパソコン。

が、そんな事業計画云々のことよりも、当初の予定と違ったということに腹が立ち、われを忘れ、もう一度事業計画を練り直すなんてことはどっかに置き去りのまま、ただただ、この友人社長をぎゃふんと言わせて、教室を開校することしか頭になかったのです。

パソコンを準備してくれている業者さんにこっそり電話して
「二人でやるのをやめようと思うのだけれども、私でリースが組めるかどうか調べてもらえませんか?」


答えはあっという間に出ました。
「前回よりもすんなりとリースが通りましたよ」

よし!


業者さんはとても親切な方で、私が悔いのないようにやった方がいいから、決心がつくまで契約は待ってくれると言ってくれました。
起業にあたって、初めて「味方」ができたような心強さを感じました。


「独りでやってみたいって言おう」
そう決心し、友人社長に話そうと思っていたら・・・

「ちょっと、話があるんだけど」と友人社長

「この話、私抜けるから伊藤ちゃんひとりでやらない?」
「え?いいの?」
「リースとかできないかもしれないけど、あれ信用がいるから」
「(あなたの会社よりも早くと審査通りましたけどね)いえ、なんとかなると思うから、ありがとう独りでやるわ」

で、独りでやることが決定。時はすでに3月も終わりごろ。
あの2010年の3月は苦しかったな。
はじめて自分がやりたいことを妥協せずに貫き通すために、逃げずに頑張った1か月でもあったな。


そして、あっという間に通ったリースで何も計画のないデスクトップパソコン6台が運び込まれ、約10日ほどで一つの空き部屋がみるみる教室に変わっていきました。
テーブルを移動したり、書棚を移動するのに頼める人も知りません。
引っ越しやに頼むお金もないと思い込んでいます。
息子たちの休みに頼み込んで物を移動しました。

なんだか、とても不安で、心細くて。
一人ぼっちな気がしました。

前のパソコン教室からはお客は絶対持ってこない!
それは決めていました。

Mさんに頼んで、イメージキャラクター「ぽじらくん」を書いてもらいました。
チビが何となく書いてくれたイラストを元に。

教室の名前は「アポジラパソコンくらぶ」

4月8日(木)先勝の日。午前10時オープン。
というのを決め、
apozira.comでドメインをとりました。

ホームページの作り方は知っていますが、何を載せたらよいかもわかりません。
金額と、コースと。
コースって何をどうやって作ればいい?
お金ってどうやって決めればいい?

何もわからないので、まねをするのは前職のパソコン教室のこと。
1万円で5回。1回2時間。
個別レッスン。

え?え?6台のパソコンの出番ないじゃん。

でも、いきなり5人とか6人とか見れないし。そのうちセミナーとかやれればいいや。




それから、6年。私は一度も多人数の教室展開をしたことがありません。
イベント的にやったことはありましたが、教室で複数人を入れるということは駐車場がそれだけいるということに後から気づき、周辺への根回しなど本当に大変で億劫で、最近では街中の会場でコインパーキングがるところでしかセミナーやイベントは行わないようにしています。
田舎での商売のネックは「駐車場」。
これにつきます。


宝の持ち腐れのデスクトップパソコンは、その後5年リース料を払い、1年知らない間に更新料を払って、この春、やっと解約手続きをしました。高い買い物でした。

が、起業当初使ったお金は20万円ほど。初回のリース代、教室の家賃、もろもろの消耗品。
これだけ。
そして、4月8日の新聞に折込チラシを入れた広告代。

チラシのデザイン代もケチって自分で作ってネット印刷に出しましたっけ。



そして、4月8日オープン。
何人かの友人と、パソコンを手配してくれた業者さんと、ご近所さんが、お花を送ってくれました。
そんなことをしてくれるなんて思いもしなかったので、うれしくて涙が出てきました。

「へーっ、よかったじ、お花送ってもらって」
様子を見に来た友人社長が言っていきました。
(あなたの会社設立の時には私お花を送ってんですけど、あなたから来てないけど?)って内心思いましたが、嫌味を言うほどその時は強くもありませんでしたっけ。

この友人社長もそうだし、もう一人お花が欲しかった友人からは「おめでとう」の電話の一本も花弁の一枚もきませんでした。あわよくば、第一号の生徒になってくれるかも。とか、紹介してくれるだろうと思っていた人たちからは見事に総スカンをくらった4月でした。

本当に0からやらないといけないんだ。

オープンして1週間もして、やっと自覚しましたっけ。
そして、神様はもう少し私に試練をプレゼントしてくれました。
何かをやろうとしたとき、必ず意図しない「断捨離」の機会を神様はプレゼントしてくれます。

続く



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