むくわれようとおもってやっているつもりの「努力」は無駄だと思うけど、むくわれる努力はあると思う。

努力してもむくわれない、時代なのだそうだ。
http://lite.blogos.com/article/191395/?axis=&p=1


「努力」はやっている最中にはなかなか、評価されない。
と思っている。

というか、「努力」が他者にとって有益な努力なのか、無駄な努力なのか。
というところにも疑問がわく。


人様のお役に立てる、役に立つ。
という前提で行う行動は、努力なしでは喜んでいただけない。
だから、なんていうか、「むくわれない」と思っている時点でその努力は、自己満足な行動のたまものでしかなく、他人から見れば「KY」な行動となっている可能性を多々含むものだと。


結論。
私は「努力はむくわれる」
と思っている。

いつも通り、くっさいせりふだけれども、そこに他者への愛があれば絶対にむくわれると思っている。げんに、お風呂に入っていて急に涙があふれる時があるくらい、むくわれた・・・というか、お客様や、友人や、家族から気が付かないうちにたくさんの愛をいただいていることにはたと気が付く。
だから、努力とは、むくわれるためにやっているのではなく、ご恩返しのためにやっている。
ということになる。


きれいごとと思うかどうかは、人それぞれだろうけど。


同様に「がんばっている」も決して一人称のコトバではない。
これもまた、他者から見て「がんばっている」と評価されることだと。



「忙しい」もそうかな。




努力はけっして、むくわれるためにやっているものではない。
ということに、気が付いた時代。

ということではないだろうか?


「人様のお役に立てた!!」
と自身で自信をもって思えたとき、なんだか晴れ晴れとした気分になる。
そして、思い起こせばいろいろ工夫し、それこそ努力してきたな。と振り返る。

おいおい、自分で自分が努力したと言ってんじゃん!
と思うかもしれないけれど、
これは、過去の自分に対してなので、「今」この瞬間の自分への評価ではない。
ということであって、もうすでに、自分ではなくなっている。


卵が先か鶏が先かのような話になるけれども、

努力はむくわれたときに「努力」をしたという結果を得ることができるのであって、
行動している最中は、それがいいのかわるいのかわからないでいる。
いいのかわるいのかわからないけれども、いいと信じてやることが、結果むくわれることが時々ある。ということなのだと思う。


むくわれるためにやっている「努力」と思っている行動は、下心があってなんだか下品だ。


だけど、言いたい。
むくわれるための努力は無駄かもしれないけれども、むくわれる努力はある。









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