30年前の成人式は、肩身が狭かった覚えがあります。

チビの成人式のあと、チビの旧友が家まで遊びに来てくれました。
ひとりは大学生。
ひとりはアルバイター。
そして、社会人2年目のチビ。

「ケーキ焼いたの食べる?」

と誘い、新成人に交じって話をしました。



中学校を卒業して、それぞれ、違う高校に行き、この5年で3人の価値観は大きく違ってきているように思えました。
話をしていると、大学生は成人式にそれほど思い入れはないようでした。
アルバイターは、少し自信なげでした。しきりに「めんどくさい」と言っているのが気になりました。
社会人は、成人式への思い入れは3人の中で一番あるようでした。



Facebookでも、ご子息がたの成人式の様子をアップしている人も多く、昨日は大変晴れやかな私のフィードでしたが、そこでも、大学生の新成人は式に出るの出ないだのとすったもんだあったとか、せっかくの成人式に帰ってこなかったとかと投稿している親御さんがちらほら見えました。



たぶん、ですけど。
大学生は、学校に行けば同世代の仲間といつも接していて、そういう世代間のつながりみたいなものは満たされているから、成人式だからとそんなに思い入れもでない場合もあるんじゃないか?
とふと思いました。
たぶん、大学生活が楽しいからじゃないかな?と。

まあ、帰省するのにもお金もかかるってこともあるでしょうけど。


それにくらべ、社会に出てしまった新成人は、日々年上のおじさんおばさんと調和をとりながら、働いていて、やっと1年数か月が過ぎた彼らは、まだまだ下っ端で、高校時代や、中学時代の緩やかな時の流れが懐かしくなる思いは強いんじゃないかな?と思いました。


うちは、3人の息子たちが今年で全員成人を迎えたことになりましたが、唯一大学に行った長男は今思い返せば、一番淡々と成人式の日を迎えたように思います。「別にどっちでも」と言われたような気もします。。5年前のことで忘れてしまいましたが。
その時はまだ、鶴来にいたので、長男の周りの幼馴染たちが、「いっしょにいくぞ」と強く誘ってくれ、当日もみんなで迎えにきてくれたように記憶しています。

「なんて、薄情なやつだろう」

とその時思ったような気がします。





でも、思い返せば30年前。
短大の卒業を控えた1月。遊びほうけた短大生活のツケは、就職先がまだ決まらない状態の私で、そういえば、成人式が微妙に肩身の狭い場と感じた覚えがあります。
親に買ってもらったワンピースを着て、自分で一生懸命ヘアメイクをして出かけた覚えがあるけれども、とても2次会まで出て旧友と楽しむ気になれなかったような。

記憶もうっすらぼんやりになってますが。
でも、楽しかった!!という覚えがなく。なんとなく壁の花のような成人式で、自分の中途半端加減を改めて感じて落ち込んでたような気がします。


たぶん、「同窓会」に行くときの気分と同じなのかなと。


「今」がどう過ごしているかによって、「同窓」と顔を合わす気分は違ってきて、できるなら自慢できるような何かが欲しいわけで。
中途半端な高校進学を選択し、目的を見失った短大生活を送っている自分にとって、社会ですでにお金を稼いでいる友人たちはとても輝いて見えました。




「見栄」いがいのなにものでもないのですけどね。(笑)





息子の成人式を通して、なんだか甘酸っぱい若かりしころの葛藤を思い出してしまいました。


30cmの特大ケーキと、3合のちらしずしを作って、簡単にお祝いした成人式でした。


SNSやブログのおかげで、こういうひとつひとつの記録を形にしてのこしていけるのが好きです。
この時代に生まれ、ぎりぎりそういうものについていけているのはラッキーだな。

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