離婚計画と起業。ずるいずるい起業。

今だから、言えること、ブログにかけることというのが、元旦那とのことです。
運命の2013年は家の引っ越しにとどまらず、8年別居した夫との離婚が成立した年でもありました。

今から思うと、2013年はほんとお前はよう頑張った。と言ってあげたくなります。
2013年の話はこちら

2013年に離婚したということは、それまで私は一応夫がいる身だったんです。
だけど、一緒に住んでいて夫の愚痴を言うのと、婚姻関係があるのに別居していて愚痴を言うのとでは意味合いがかなり違ってくるのです。


下手なことを言うと、離婚するときに不利になるかもしれない。


これは、別居中ずっと思っていました。

なので、誰が見ているかわからないブログで夫のことを言うのを極力避けてきました。
2010年5月からブログを毎日更新し続けて2013年12月の離婚成立までの3年半ほとんど触れずに。
それは、もちろん自分の保身のためであったと思い返しても思いますが、息子たちがかわいそうなことになるのも気の毒だし、渦中心が乱れている時の気分をそのまま発信することはあとあと後悔しそうだし、息子たちには未来であっても知られたくないという思いもあったのだと思います。

まして、どうやったら離婚できるのか2013年の秋まで途方にくれていたのですから。


で、別居したのが2006年あたりだったか、、とうことは、2010年に起業する前だったということになります。
別居を3年以上も続けて、ご近所でも「伊藤さんちの旦那さんはどうした?離婚したのあそこの家?」と噂されてましたが、当の本人たちは、私からたまに「離婚しませんか?」とメールを送っても「今はできない」とわけのわからない返事が来るばかりで、話し合いもできない状況でした。
また、二人きりの話し合いになると、一緒に暮らしている時も夫が話し合いの最中にパニックになり震えだしたりしたことがあるので、二人きりで話すことが怖かったというのもあります。親でもいいので間に入ってほしいと願っていましたが、そのことを実家に伝えても話をはぐらかされるか、子どもたちの話にすり替わってしまい、そこから後4年もの間私は宙ぶらりんな生活をすることになるのです。


夫と一緒に生活するよりは私は子供たちの前で明るく笑っていられましたので、幾分か楽ではあったとは思うのですが、やはり「明るくしてなくちゃ」「旦那の分まで子どもたちを守ってどんと構えていなくちゃ」とちゃちゃちゃ症候群になっていたと思います。

自分で蒔いた種なんでしょうがないんですが。

ただ、「離婚」はしたかった。
現状何も進まず、何をどうしたらいいのかわからなかったけれども「お金さえあれば離婚できる」そう思っていました。
離婚したら息子たちと4人の生活に必要なお金。
もちろん鶴来の家を出ていくつもりだったので、家賃や光熱費、通信費、学費、食費、、、とにかくお金だ!と思っていました。

さて、結婚してからいろいろ子どもたちの状況に応じて職を変わりましたが、そんな転職を繰り返している子持ちの女性が鶴来やよくても金沢で正社員で働いた給料はたかが知れています。
良くて16万円程度。諸経費を引かれて手取りで13万程度。
残業をしても20万円にいくことなどほとんどありませんでした。

こんなお金じゃ家族4人暮らしていけない!
せめて1ヶ月に30万円、、できれば50万円の収入がないと。


これが、私が起業を考えだした理由です。



雇われていたんじゃ子どもたちと満足な生活ができない。
転職を繰り返している子持ちの女性がしかも田舎で家族を養えるだけの収入とりあえず30万稼ぐにはどうしたらいいんだろう。そうだ、いちかばちか自分でなにかをやったらいいんじゃないか?

そう思いだすと、それしかない!と思うのが私の良い癖でもあり悪い癖でもあるのですが、この考えにはもう一つずるい考えがあって


別居中何も進展なし。

という状況を逆手にとって、もし万が一ダメだったら「離婚」なんて考えを捨てよう。今の生活をしなしなと続けられる努力をする人生に切り替えよう。

と思っていました。
ずるいでしょ。
でも、このずるい考えを持てるようになるまでは、周り中に申し訳ない思いがいっぱいでいたたまれずお金のことなんか考えずに離婚離婚って言ってました。だけど、現実問題息子たちにお金がどんどんかかるようになって
(中学くらいから本当にお金がいるようになります。高校に行くと信じられないくらいお金がいるようになります。小学校の時とくらべものになりません)
きれいごとではすまなくなってきたのです。
とにかく、目先のお金がいる子育て期間に突入してしまったら、「お金」です。母親としてちゃんと食べさせて、清潔を保って、学校に行かせる。そのために踏ん張って歯をくいしばって「したたか」にならないといけない。
そう、決めたんです。

人が何と言おうと、私は今の生活レベルを落とさずに子どもたちを育てたい。

意地でもあったと思います。




そして、起業のチャンスは思いもよらず早くやってきました。
それはたぶん周りに「いずれは独立したい」と話していたからだと思います。
友人が自分の会社の空いたスペースでパソコン教室をやってみたらどうか?と軽く誘ってくれたのです。


その話がきたときは、私は勤めていたパソコン教室の取締役になって半年たったかたたないかのころでした。今から思えばそちらと兼務で立上げが行えたなと思うのですが、そこも素人の主婦あがり。不義理を承知で、新たな道に行くにはやめるしかないのだろうと思い込んでしまいました。


まともな相談者もいない。人脈のかけらもない証拠です。


2010年2月節分の日に決断しました。
いちかばちかやってみるのには非常に好都合な条件がそろっていましたから。




で、そこからは、友人と共同経営のはずが、話がかみ合わずに私ひとりでやることになり、定期的なお客様になるはずだった知人がすったもんだで離別することになり、めでたく、「0」スタートで始めることになったわけです。


でも、おなかの底で誓ってました。
「売上30万になるまでやめてたまるか。」

集客と言えば新聞折り込みチラシくらいしか思いつかず、フリーペーパーなんか高くてできないと思い込み、ブログなんかが営業になるなんて知らず。
料金や場所などをのせたホームページだけを見様見真似で作って。。。

ならない電話と、画面が変わらないパソコンを一日眺めながら、100円ショップに行ってはお客様がいらしたらどんなふうにおもてなしをしようかとカップを買ったり、スリッパを買ったりしていました。



数年前から、なぜか起業ブームです。
一昔前は起業する人というのは、社会不適合者で勤めても務まらない人が「遊び人」であることをカムフラージュするためにやることというイメージだったのに、なぜに、こんなに起業がブームになるほどのものなのか?????です。
中には売上目標旦那の扶養家族範囲内!とうたっている人もいます。

そんなら、バイトに行っても稼げるじゃん。
って思います。
しかもそこから経費を差っ引いたらたぶんマイナスじゃん。
って思います。

起業して、お客様に好かれるようになってくるとわかると思うのですが、
覚悟決めてやらないとお客様に失礼だ。
ということが見えてきます。
また、心が中途半端ではいつまでたってもバザー商売だということに悶々とすることでしょう。

私も、中途半端だったんです。
自分の都合だけで、起業しました。
しかも、婚姻という関係をお守り代わりに、、破たんしている婚姻生活なのに。
非常にずるいずるい起業。



だけど、きっと、この仕事をやらないといけなかったんだと思います。
きっかけは何だったにしろ、
私は体を壊し、舵を大きくとらざるを得なくなり、
「ずるいことも勘弁してやるから、他人様の役に立ちなさい。代わりに、仕事がしやすい環境にしてやるぞ。」
と神様が試練を与えてくれたんじゃないか?
と思っています。


最低限これだけと思っていた売り上げをクリアしても、次に次にと目標が出てくるので、ほんときりがありません。「今やれること+@をコツコツと粛々と誠実にやる」の繰り返しです。
時々、ご褒美のように楽しいことが舞い降りてそれを楽しみながらまた次へ次へです。



今何を一番にしなければならないのか?
それは、月に8万円の売上目標の起業ですか?
目の前にある大切なモノを守ることがその起業で叶いますか?

いや、私には使命がある。だからやらないと!
そういう方とお仕事ができたら。。。と思っています。


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