明日から消費税が8%ですね。

消費税が明日から8%に増税されますが、いろんなところで5%から8%に変更しなければなりません。
請求書なんかも、内税計算なら外税に変えないといけませんし、外税でも5%から8%に変更しないといけません。
こんな時、自信で作ったものは気をつけないといけません。
なんにし、消費税が3%から5%にアップされたのはずいぶん昔のことで、そのあと内税方式なんてものがでたのもずいぶん前。
その時やっとやっと自作で作ったエクセルの請求書、見積書。
消費税の計算の変更の仕方覚えてますか?

また消費税の計算は1円未満をどうするか?てのも考えないといけません。
四捨五入にするのか、切り捨てにするのか、切り上げにするのか。
過去一件だけ切り上げにしている小売店にであったことがあります。

エクセルで小数点をどうにかしたいと思ったら、



小数点以下の桁数を増やす、減らすボタンを使っていらっしゃるかたもいるかと思うのですが、このボタンで操作すると、見た目上は四捨五入されていますが、中に持っているデータは小数点以下の数値をそのまま保持しているので、後になにかの計算に使うと思っている数値とは誤差がでてきます。

見えている数字がそのまま保持している数値とイコールにしたい場合は
ROUND関数を使います。

ROUND 四捨五入
ROUNDUP 切り上げ
ROUNDDOWN 切り捨て

となります。


消費税8%で小数点1位以下切り捨ての場合

=ROUNDDOWN(元の数字*8%,0)

となります。かっこの中の最後の0は整数未満というROUND関数の決まりごとです。小数点第1位ならばここに入る数字は1になります。

まあ、何言ったも明日からですから、もうみなさまに置かれましては対処済みだとは思うのですが。
データーを作った当時の担当者が退職してしまった。
昔のことですっかり忘れてしまった。
なんとかなると思っていたら今日になってしまった。
いろいろあるでしょうが。。

頑張ってくださいね♪♪(にこっ)

なお、当教室受講歴のある方には遠隔指導もお受けできます。(有料)
まずはメール、お電話でご相談ください。

んでね、47歳母にも都合がある。

子どもたちを産んで毎日世話をしなくてはいけない頃は、私は若かった。
長男が今年23歳になるのだから、長男を産んだのは24歳。26歳に次男を出産し、29歳で三男を産んだ。
連日の睡眠不足や、近くの公園に連れていったり、毎夜3人をお風呂に入れたり、一日中走り回っていたように思う。

体力あったな。

って思う。
で、長男は2カ月で保育園に出し職場復帰し、次男は1歳で姑が働き口を見つけてきてしまったので2人の子供を抱えながらフルタイムで働き、三男が1歳の時には元の職場から応援要請が入り復帰。
やれ、熱が出た、中耳炎だ、下痢した、怪我した。
たまに平日に休みが取れても病院通いで終わっていった日々。

若かった。

一人でウンチができるようになった時。
小学校に入学して送り迎えがいらなくなった時。
中学校にはいり夏休みをそんなに気にしなくてもよくなった時。
高校に入ってお母さん同士の付き合いをそんなに一生懸命しなくてもよくなった時。

節目節目に「おおおお!!やった~~!!時間ができた!」

って思った。
今なんて、社会人になって自分の食いっぷちを稼いでくるようにまでなった。
あの20代30代の体力があったら、今の生活はとんでもなくパワフルに過ごせるだろう。

あれだけとりたかった睡眠時間。もう夜中に子どものことでおきることもしなくてよくなったのに、夜中に目が覚めて眠れなくなる。8時間以上寝てたら逆に体力を消耗してしまう。
文字を読む時にピント合わせが難しくなってくるにつれ、根気が無くなった。
食べる量が減ってきたのと並行して持久力もなくなった。

今もパワフルだと言われるが、20代30代のころと比べるとなんだか毒気を抜かれたようにおとなしくなった。

あたりまえ。と言えばあたりまえ。
最近家事をするのがめんどくさい。
自分ひとりならどんなに楽だろうとおもってしまう。
掃除、洗濯、食事作り。
どれをとっても、家族がいると家事労働に振り回される時間ができる。
20数年前から同じ日常だと思われるかもしれないが、子どもが汚すのと大人が汚す度合いが違う。きている洋服の大きさが違う。食べる量が違う。
ちょっとづつ子どもたちが大きくなるにつれ負担が増えている。

なんてことを考えると、高校を卒業して親元を離れて暮らすというのは親にとっても寂しいかもしれないが、その頃の年齢にちょうど良い家事バランスになるんじゃないかって思う。まだまだ働かなくてはいけない年なのに、相変わらず家事がある。家族にやらせている部分もあるけれど、自分の都合とあわないのでそれが返ってストレスになる時もある。

どっかで最近言ったけど、
子どもたちは私と別の人格なのだから、私の都合と息子たちの都合は違うのである。

大変よい子に育ったな。。と思う我が息子だけど、もう少し私の都合も考えてくれればな。。って思う。ま、そういう風に育てたのは私ですけど。

一緒に住んでいるけど、それぞれの思いは違ってきている。価値観も違ってきている。私自信の思いも価値観も年齢と共に変わってきている。

子どもを産んで、とりあえず子どもたちが社会人になることを目標にしてきたけど、もうじき三男もそこに到達する今、次の目標は早く自立して結婚してもらうこと。なのかもしれない。
っていったら、「カーも同じやん」って言われるかもしれないけど。



諸事情あってもう半年通うことになった大学の授業料。
長男名義で貯金している分は本人が成人になっていて、高額になると本人でないと下ろすのが面倒なのである。委任状がいるとか言われそうな勢い。
そのお金はもともと私のお金じゃ!!と叫びたくなるが。
てことで、研究室を一日お休みさせて諸手続きに奔走した。
ついでに銀行口座の住所変更や免許証の住所変更なども手続きしてきた。これらも本人でないといけない。
そういうことを自覚してんのかしてないのか、わかってんのかわかってないのかわからない長男。
久しぶりに外の光で姿を眺めると、かけているメガネのフレームが劣化してみっともないことになっていた。4月からは車も運転しないといけないし度数も弱い。
「メガネ買ってこよう」
なんて、いっちゃうところが、甘いんだよな~~

予定外の授業料を払って、メガネ新調できて、
は~~がんばってるわ私。ほんとがんばってるわ。

22歳の若者にもこころがあるよ。

長男が去年から就活をしていました。

あまり多くを語らない長男なので彼から伝わるニュアンスしか感じとれないのだけど、今の就活にちょっと疑問を抱きました。

大学4年生の就活はまず、ネットで企業にエントリーするところから始まります。
たぶん、人気の高いところには希望が殺到していると思います。
そして、晴れて面接までこぎつけると企業を訪問し面接試験を受けてきます。

そして、内定の通知を待つことになるのですが。。。。


不採用の通知すら送ってこない企業があるというのです。

面接を受けた。と息子から聞くと、家族中で結果を待ちます。
1週間、2週間、、、1カ月。
何の連絡もないところがあるのです。

初めてそのことを知った時、信じられませんでした。
「このたびは不採用となりました」
の一文でもよいです。
ご縁のあった若者に次に頑張れよと引導をわたしてあげるのは礼儀ではないでしょうか?

息子はだんだんと憔悴して行くのがわかりました。
「俺、もう何をどうしてよいのかわからない」
とまで追いつめられていました。
しまいには家族と接触するのもしんどそうでした。
そんな子に「がんばれ」と言えますか?

今就職が見つからなくとも、長い人生のうちでそれが失敗だということは決してない、だけど、落ち込んでいても何も始まらない。めげずに行動しないと。。

と言ってやるのが精いっぱいでした。
卒業までに就職は無理かもしれない。2014年があけたころ覚悟を決めました。
いろんなことから逃げるように部屋に入りゲームをしている長男に何度も腹が立ちました。
それでも、研究室の先生から気に入られ、先輩方からも気に入られ、毎日研究に大学に向かう長男。
サークルも入らず、バイトも時々しかしてこなかった長男の大学生活は確かに甘ったれでした。「やりたいことが見つからない」と言いながらも日々まじめに学校だけは行きます。

22歳の若者にも彼らなりに考える事があると思うのです。
そして、そんな彼らをないがしろにする権利は誰にもないのです。
なぜ、試験をして結果を知らせないのか?どういうつもりなのか?
まあ、そんな会社に内定が決まらなくてよかった。。と思うのですが。

そんな彼ですが、4月より就職が決まりました。
ひとつ単位を取得できなかったので半年大学に通いながらの採用です。

我が子には、前を向いて歩いていてほしい。
後ろめたさや、やましさなんてできるなら一生感じずに生きて欲しい。
そのためには、努力しなければならないことは努力してほしいし、諦めないで欲しい。

何も総理大臣になってくれと思っているわけではない。
ただただ、幸せになってほしい。淡々とした日々をほほ笑んで過ごせる幸せを感じていてほしい。
それだけです。

我が家にもひとつ春がやってきます。
ちょっと、ホッとして気が抜けています。


もう20歳もすぎたんだし。。。

息子たちが生まれた時、
私の使命はこの子たちを社会にでていける「大人」に仕上げることだと思った。

でも、ここに来てその目標だけだと薄っぺらだったのか?
なんて思ってしまう。
もっと、「こういう子」になって欲しいと願わないといけなかったんじゃないかと思ってしまう。

冬のオリンピックを見ていて特に思った。
アスリートたちの親は心血を注いで子どものバックアップしている風に見えた。
親が子供に「あれしなさい、これしなさい」と言うのはナンセンスだと思っていたし、ましてや自分が叶えられなかった夢を子どもに託すなんてエゴだと思った。
たぶん、今でも思っている。

だけど、やっぱりある程度の線路は引かないといけなかったのかな?

とここに来て思ってしまった。
たぶん、何か「安心」できない「不安」があるからだろうと思うけど。
息子たちが楽しそうで幸せそうだったらそんなことも思わないのだろうけど、何かに躓いている雰囲気を感じて、「不安」になっているんだろうと思う。
ここで、親が線路を引いてそこを走りなさいと言えば、きっと安心するのは息子ではなく私なんだと思う。

いい子に育ったと思う。
だけど、未来を自分で切り開いていく力がいまいち天任せなところがあって、自分でバンバン答えを出していきたい私にはもどかしいのだ。
結果が出るまでの時間がとてつもなく長く感じて辛い。

子どもを信じろ!
と思うのだけど、事が起こると信じる力が揺らいでしまう。
そして、やきもきしている私と裏腹に 中途半端な途中経過を見せらると怒りすら湧いてくる。

家族を幸せにしたくて、毎日頑張っているのに、君らは何をしているんだい?

と思ってしまう。
この気持ちって、世の旦那が口にする
「誰のおかげで飯食っていけてると思うんだ?」
てのと同じなのかしら?
だとしたら、なんか、お父さんの気持ちもわかる気がする。自分が思う結果に相手が答えていないと感じるからなんじゃないかなと。
妻は妻で妻自身のキャパの中で頑張っているのだけど、妻が思う到達点と
夫は夫のキャパの中で頑張っている夫が思う到達点が違ってきてるんだなと
なんだか、今更気がついた気がする。

「思い」が違うんだ。
私 と私でない人の「思い」が違うってことを前提に考えると当たり前のことが何らかの原因で不安や不満が出てくると身近な人と自分は同じ考えであるという思考になってしまうような気がする。

それが、息子たちも20歳をすぎ、彼らの「思い」が私には伝わってこなかったりする。大切にしてあげたい「思い」なのに、自分が想像していた到達点と違うからなんだか落ち着かなくなる。

実は息子たちのことで悩んでいるようで「問題」は自分自身なんだ。
自分自身に不安材料があるからそれを肯定する言い訳に息子のことを利用してるだけなんだ。


夕飯を作っているとよくわかる。
自分が食べたいものを作るのが一番おいしい夕飯になる。
「煮魚は嫌い」
と言う長男、三男。
だからずっと遠慮して作っていなかったけど、どうしても、どうしても食べたかったので赤カレイをにつけた。
「煮魚か、めずらしいじ」
と言って食べだしている。
「美味しい」とまで言っている。
数年前だったら箸さえつけなかったのに。

私の中で子たちの時間が止まってしまってる。
今の息子たちと同期しないと、私は思い出の中で生きる母親になってしまう。
「子どもたちのために」
という偽善はそろそろ卒業しないと。

味噌汁



普段はカレーを作ったら、それ一品で終わりなのですが、
今体力回復には「味噌汁」だな
と何となく思うのでお味噌汁添えました。

おみそ汁の塩分濃度とポカリスエットなどのスポーツ飲料の塩分濃度はほぼ同じで、病気などで脱水症状を防ぐためにとる水分で、スポーツ飲料がもし飲みづらい場合は味噌汁の上澄みなどでもよい。
と20数年前栄養士の勉強をしたころにあったと記憶しています。

スポーツ飲料のかんきつ系の味が吐き気を誘う時があるので、そんな時は味噌汁飲めばいい。と思っています。
ただ、自分が作らなくてはいけないので自分が倒れてしまうとしょうがないのでスポーツ飲料を買ってきてもらうのですが。

味噌汁離れとか聞きますが
あれこれと作る時間がない主婦にとって、メインの他にもう一品野菜料理が欲しい時には、味噌汁の具に野菜をたくさん使って栄養のバランスをとることだってできるのだし、こんな主婦のミカタなお料理はないと思ってます。

子どもたちが赤ちゃんのころの離乳食の野菜も味噌を入れる前の味噌汁の具をとりだして潰してあげることが多かったです。
なので、この時期の味噌汁は毎日がめった汁状態でした。

小さいころから味噌汁がそばにあった息子たちは「味噌」の味にもうるさくなってしまいました。
ちなみに「米」にもうるさい。

「まじたんちのお嫁さん大変だよ~」
と友人たちに言われますが
だってねえ、しょうがないじゃんねえ。

食欲ぼちぼち。



野菜が食べたい。魚が食べたい。
昨日は、終業式で早く帰ってきた三男を荷物持ちに、社会復帰(おおげさなww)を兼ねて買い物に行きました。

「魚食べたいな~」
「え~~」
「煮魚食べたいな~」
「え~~~」

脂っこいものや、肉はまだ欲しくなく、あっさりとしたもの、柔らかいものにまだひかれる。
ぶらぶら魚売り場を眺めていると
切り身がならんでいた。
「ムニエルなら食べる?」
「うん♪じゃ、真鱈ってそれでいいんでない?」

あ~~鱈だったら薄口の鍋か、ネギとショウガでさっと煮たやつとかそういうのがいいんだけどな~と思いつつ、何品も作る元気はなく
しょうがないのでムニエルにして、生姜たれをかけてみた。

うまいうまいと食べる息子たち。
一口食べた私はやっぱり油がのどを通って行かない。
「かーのこれ、あげる」
三男「なんで?おいしいのに」
長男「あぶらっこいげんろ」
「うん」

今食べたいもの。
食べられると自信があるもの。

ご飯。野菜。豆腐。納豆。

まあ、それなりに栄養はとれそうかな。
こんな、食欲があと2週間続いてくれたらずいぶんダイエットになりそうな・・・

へへへ。。ダイエット♪

思いがけない時に体重が減ったので、ちょっと、、いや、かなり嬉しかったりする。一時的な脱水症状のためだとわかっていても。

タミフルは5日分飲みきった。
後は徐々に元に戻って行くのを焦らず待てばよいかな。

ってことで、もう私の周りに来てもインフルエンザうつりません。
安心して教室きてくださいね。

さ、お仕事お仕事♪

充電中

なんか、「からっぽ」になった気分です。
先週水曜日の夕方から熱が出てそこからずっと寝ていて、
考える事も、食べることも、飲むことも最小限で、インフルエンザと戦ったら、
なんか「からっぽ」になった気分で、
頭の中も先週まで何を考えていたのか、思いだせないくらいです。

ま、いいか。
たぶん仕事が始まればそれなりに戻ってくるだろうから。

ほんとは、この3連休いろいろと予定を組んでいて楽しみにしていたのに、
な~~~~んもかもがキャンセルになり
それは、ちょっと悔やまれるけど
それも、今熱が下がって元気を回復してきているから思うわけで、熱が出ている最中はとんでもなかったわけで。

あせらずとも、今から暖かくなっていろんなイベントごともまたあるだろうしいいか。とも。


しかし、このインフルエンザはホントに根こそぎ奪って行く感じで
風邪なら3日もすればふつふつとエネルギーがわいてくるのに、解熱後72時間たって社会生活OK!なのに、エネルギーが枯渇してて気力がわいてこない。
バッテリーが壊れたスマホみたいな状態。

でも、バッテリーも一度空っぽにして充電するとよいそうで、
やや過充電気味になっていた私にはちょうど良いのかもしれないな。



今日は月曜日。教室は定休日なので
やわやわと家の中片づけたり、くくると遊んだり、食料品買い出しに行って
のんびり過ごそう。

体力のなさ・・・インフルエンザA型

21日に午前0時を回ったころから熱は36度台に下がり
昨日今日と再び熱がぶり返すことはないようで、
よし、なかなか私もやるじゃん♪
と思ってたら

足がふらついて、トイレまで歩くのもやっとやっと、お腹がへるのに食べだすと食べる事に疲れてしまう。
なんてことになってます。

それでも、ブログ書くんかい!

と思われるでしょうね。。

ブログ書くのに私は食べる事より体力いらないのですよきっと。。。



今日のお昼ご飯にチビに作ってもらった卵雑炊
ちゃんと猫足昆布で出汁とってくれました。
今日はちょっと体力つけて行きたいので、卵もおとしてもらいました。
チビも雑炊すきなので、お茶碗ふたつ私の寝ている部屋にもってきて一緒に食べておりました。移っているならとうの昔にうつっているだろうしいいか、と一緒にいただきました。

チビはやっぱりチビ。
かわいいですな。

はやく治そうっと。

子どもにスマホを持たせる?持たせない。?

先輩お母さんとして聞かして欲しい。
と相談を受けました。

子どもにスマホを持たす時に気をつけること

について。

私の答えは

持たせたからには親の知らない世界に足を踏み入れる事にOKした。
とみなされたいうことで、いかように制限をかけても子どもたちの情報網でいくらでも突破できてしまう制限でしかない。
ということです。

与えておいて制限するのは酷です。

目の前にごちそうをいっぱい並べておいて、あなたはこちらのお弁当箱に入る分だけね。と小さい弁当箱を渡されるようなものであって、
手を伸ばせば世界中のありとあらゆるごちそうがあるのに食べる事が出来ない。
一度見てしまった、匂いも嗅いでしまったそのごちそうを、食べざかりの子供たちに制限させることができるのは、普段のしつけなんじゃないだろうか。って思います。

普段から質の良い美味しい物をそれなりにお腹を満たすくらいに楽しく食べている子なら、テーブルマナーをしつけられている子なら、いくら目の前にごちそうが並んでも、ちゃんと節度を持って自分が欲しい物を吟味して食べるに違いない。
逆はわざわざ書くまでもないだろう。。

要は、普段の子育てで親子の信頼関係が築けていると親自身が自信を持ってYESとこたえられるか。というところだと思う。
それができていないのなら、やめておいたほうがいい。
自分で稼げるようになってからにしなさい。と言ってもいいくらいだと思う。

ま、そんなわけにもいかないだろうが。
子どもに責任を持たせるのも大切だろうが、親が子の責任を負う覚悟がありますか?ということを言っておきたい。

お友だちのせいじゃない。社会のせいでもない(石川県では中高生に携帯端末を持たせないとなっている)。育てた親の責任であるという自覚を持って子どもに携帯端末(スマホ)を持たすのか、持たせていいのか判断したらいい。

「自己責任」

という概念が日本人には欠けているようにも思う。
「思いやり」も大切だが、自分のことは自分の責任であるという「自己責任」が全うできて初めて大人だと思うので、
それができない子どもたちに、いかような武器にもなりうる携帯端末は危険だな。。と思ってしまう。

ちなみに。MAZIRA家では
高校の合格を聞くまで絶対に持たせない。
とした。
それが原因で親子げんかになったこともあるが、しまいにゃ「俺携帯いらんし!」と癇癪をおこしていたが、ダメなものはダメと許さなかった。
だいたい、スマホを持たせば一人当たり7000円~8000円のランニングコストがかかってくる。
ただでさえ食べざかりでエンゲル係数は跳ね上がっていく一方だったし、家のローンだってあった。一人許せばそのあとに続く弟たちにも許さなくてはならない。2万~3万の出費になる。

おかしくない?

通信費だけでいったい家計の何割をしめているのか。
こんなのおかしいよ。

私は子どもたちには、「そんなお金がない」ということで断ってきた。
子ども条例だとか、いじめだとか、そんなことよりも前に「お金」がなかった。
それは、MAZIRA家の都合で、家族で協力しなければならないことなので、それでいいと思った。

そのことは子どもたちにしょっちゅう伝えてあったし、子どもたちはそこはよく理解していた。だからうちの子たちは中学3年生の3学期になってもたもた言いだしはしたがそれ以前に携帯が欲しいと言ったことはなかった。

男の子だから。ということもあるだろうけど。


もし、おなたの子どもが携帯(スマホ)を持つことで悲しい思いを味わった時にあなたは全力で子どもを守ることができますか?
子どもを全力でしかることができますか?

そうならないためのSNS、ネットとのかかわり方をきちんと教えてあげられますか?

ネット上の言葉づかいは現実世界と同じだとあなたもちゃんと理解していますか?

知らないからとただ不安がって禁止するのも反対です。
知ろうともしないで、安易に許し、誰かの責任にするのは絶対反対です。

ある意味「性教育」と同じです。
どこまでをきちんと伝えられるか。何を伝えたらいいのか。教えたらいいのか。


私は、やっぱり

「愛」

だと思います。
変な話「やり方」は子どもたちは親が教えなくとも知っていきます。




昨日たまたま教室の近くにいたという友人が、私がフェイスブックに投稿した記事を見て様子を見にきてくれました。
そんなことを一言も言わずに。
同じ記事を見たまた別の友人も忙しい仕事の合間に電話をかけてきてくれました。
どちらも私の心を軽くしてくれようとしての心遣いだと感じました。

そういう、ある意味孤独からの解放もインターネットは可能性を持っています。
逆に生きているのが辛くなるくらいの孤独感を味わう可能性をもっているのもインターネットだということを心にとめておきたいです。