息子と…

チビが社会にでるのを目の前に控え、
「子育て」という長い長いマラソンのゴールがやっと見えてきたように思います。

ゴールといっても終わりというわけではなく、そこからまた新しい子どもたちとのかかわりがでてくるのですが、とりあえず一区切りです。

もう、私がいなくても彼らは生きていける。

今まで私がいなかったら子どもたちは飢え死にするかもしれないし、守られないかもしれない。だから、私ががんばらなくっちゃ。
そんな気持ちで20数年ある意味張り詰めていたものからやっと解放される。

もし、私の身になにかがおこっても息子たちはそれぞれ、食べることや住むことには困らない。



先日二男に
「もう、これでおかんがどうなっても、あんたら大丈夫やね」
と言いました。

「おう、そうやな」

「あ~~~、こんでいつ死んでも大丈夫や!」

「いや~~、それはまだちょっと困る。ていうか、これからやぞ、おかん、これから好きに生きることできれんぞ、たのしめるんやぞ。死んだらもったいないやろ。せっかくここまでがんばったんにもったいないやろ」

そばで聞いていたチビもうんうんとうなづいていました。




この子たちのために20年がんばってきてよかったな~と心の底から思います。
産むんじゃなかったと頭の中がいっぱいになって思わず思ったことも何度もありました。
もし、子どもがいなかったら私はもっともっと…そう思ったことも何度もありました。

だけど、今ここにいる。

「闇」があったことを受け入れると、そこを越えてきた自分をしることができます。
今でも、見え隠れするいろいろな「闇」の感情がありますが、そういう自分も自分なんだと思ってすごすだけです。若いころはそう思っている自分に悩みましたけど。
悩む体力もありましたし、時間もありましたしね。



死なずに生きる残り40年前後。
そう思うと、子育てしている20年なんて、大した期間でもないな。
とも思いますし、
いやいや、結構な期間で、人間修行のいい時間だったなとも思えます。


子どもたちには、この後「家族」を持って、それぞれの修行を積んでもらいたいなと願っています。


コメント

  1. 動物は、子どもがひとりで餌をとってくるようになれば子育て完了。(例外もあるけど)
    人間もしかり。ですね。
    うちは、まだまだひとりで餌をとってくることはできません・・もうしばらく、しっかりと仕込まねば。

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    返信
    1. ☆りりかさん
      ただ動物は数年で独り立ちしますけどね。。
      が、私がいないと!とかまっていられるうちが花なのかもしれません。

      削除

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