5年後は○○で○○と●●していたいな♡

昨日は午前中のお客様がキャンセルになったことをいいことに、友人宅に遊びにいってきました。
つい先日生まれた「小さい人」と会いに。

「どうぞ」と抱かせていただいたのですが
久しぶりに生まれたての赤ちゃんを抱っこし、全身が緊張してしまいました。
あたたかくて、やわらかくて、小さくて。
生命力にあふれた命のエネルギーに当たって、光が降り注いできました。

友人に「孫ってどう?」と質問してみましたら
「実感がわかない」とのんきなことを言っておりました。

あ~~でも、きっと、息子たちに将来子どもができたら、、、初めはピンとこないような気がします。
自分がお母さんになった時もピンと来なくて、私の子どもなんだなと自覚ができたのは1年くらいたったころだったように思います。だから、孫なんていう世界はなんとも不思議不思議な世界です。


ほわほわの赤ちゃんを抱っこしながらふと思いました。

私が孫を抱く頃、私はどうなっていたいだろう?
その先に、息子たちが結婚すると言い出した時に私はどうなっていたいだろう?

私の生きる軸は家族です。厳密にいえば息子たちです。
その息子たちが安心して結婚できるように、私はこの数年をどう過ごせばいいんだろう?

私はどこに住んでいるんだろう?
何をしているんだろう?
誰といるんだろう?
何を感じているんだろう?
お金はどれくらい持っているんだろう?
何を食べているんだろう?

うちは男の子ばかりですから、結婚はもう少し先の話かもしれません。
でも、今の状態は息子たちに私は守られた状態です。たぶん、息子たちは彼らなりに俺がいないと。と私を支えているつもりだと思います。私もそれに甘えています。
それは、とても心地よい状態でもあります。その代わり私には彼らの食事や洗濯やと家事をやっています。

だけど、10年先もそんなことやっていたくない。
今だって、時々ならいいけど、毎日毎日ご飯の心配をするのはちょっと飽きてきている。(笑)

10年後は、あまり物をもたずに、きれいに片づいた部屋で、時々自分の好きなものを作りながら身も心もゆったりと過ごしていたい。


「小さい人」の重みを腕に感じて、5年先の自分の目標設定を具体的にしておこうかなと思いました。
ちょうど10年前、子どもたちが手元からいなくなることが不安で寂しくて泣いていたあのころに「5年後もそうやって泣いていたいのか?」と奮い立ったように。
今また、5年後の自分のために「今」私は何をする?
という質問を自分に投げかけています。

10年前の私と違うのは私は今泣いていない。
何か漠然とした不安に襲われて泣くことはないし、誰かに言われた一言で傷ついて泣くこともない。だって、自分はこの10年頑張ってきたという自信があるのだもの。あの日5年後も泣いているなんてまっぴらごめんだ!と泣きはらした目でパソコン教室を訪れたあの日から、自分の未来を明るく照らすためにその時その時頑張ってきたんだもの。

10年前想像した姿よりもとんでもなく、立派になったもんだと自画自賛(笑)。

だけど、平均寿命まで生きるとしたら、まだ40年も時間があります。
今まで来た時間と同じくらいの長さの時間が。

あんまり先のことはわからないけど、とりあえず5年後。あ、そうだ、東京オリンピックが開催される年に私はどういうところでどんな人たちと何をしながらみていたいのか想像してみようと思います。

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