変化を怖がらないで進むには

仕事の計画も「なんとなく」なのに、
人生の計画が明確なわけないんだよねぇ~

人生の計画が「なんとなく」だから
仕事の計画も「なんとなく」になっちゃうんだよねぇ~

と今更ながら気が付いてきました。



私はどんな人たちと、どういうふうになりたいのか。
そして、それはいつに。


去年4月にいろいろと迷うところがあって、迷っている自分がとても遠回りな人生を歩んでいるように感じて、思い切って「開運鑑定」をうけました。
これは、ちまたで、「見えます」とか「占います」とか言って気軽にやっているなんちゃってスピリチュアルではありませんでした。

なんちゃってとプロの差ってなんなんだろう?
そういうことに目線を向けさせてくれたのもこの開運鑑定だったように思います。

まあ、なんちゃってに対する違和感が強くなってきた時期でもあったので、こちらも「聞く」覚悟を持って申し込んだように思います。

それから一年半。
いまだ変化の途中なのですが、「変わったな」と実感しています。
たぶん、まわりの人間も「変わったな」と見ていると思います。
中には、以前より信頼感が出たという方もいらっしゃるでしょう。
中には、近寄りがたくなったと思っている方もいらっしゃるでしょう。
中には、変化に気がついていない方もいらっしゃるでしょう。

自分はと言いますと、
自分とつきあっているのは毎日のことなので日々何か変化に気がつくといったことはないのですが、ふとした時に、たった1年半前には「やりたい」「したい」と思いだけだったものが、一気に「やった」になったな。と気が付きます。

「ぶれない自分」とお題目のように唱えていても、何かにすがっても他力本願のうちはぶれています。自分がどういう「運」うまれてきたか。いいこともわるいことも受け入れて、そこから、じゃ自分は何のお役目があって今ここにいるんだろう?
と思うのです。
自分の本質をみようともしないで、うわっつらだけとりつくろっても、それはあっという間にはがれていってしまい、また迷える子猫ちゃんになってしまいます。

「強さ」とは「筋が通っている」ということなんだな、、じゃ、「私の筋って?」
過大評価やら過小評価やらいろいろあるわけです。そうやってぶれている自分を真ん中にもってくる。そしてぶれ幅を徐々に小さくしていく。そんなイメージをして過ごしています。

「私」の部分が整ってくると、おのずと「公」の部分もぶれ幅が小さくなってきます。と同時に今までよしとしていたものがNO、あるいはNOかもしれないなんて思えてきます。


その思いがこの数週間とても強くなってきたので、昨日はこの開運鑑定のブラッシュアップにいってきました。こういうアフターフォローがあるところも一度関わった人たちを覚悟して面倒をみてくれるんだという安心感があります。

そして、1年半たって、さて、この先ってどんなでしたけ?
今おこっていることはそのまま出ていましたし、なんとなく予感していたものもそこに出ていました。
さあ、さあ、さあ、さあ!
うふふのおほほ。です。今日は午後からうふふのイメージをもう少し明確にしておく作業をしようと思います。
そして、おほほのために、いらない物を手放すリストと工程表も作っていきたいなと思います。

やらなければいけないこと、やらなくてもいいこと。
それだけわかっているだけでも、毎日がとても軽くなります♪

自分と向き合う覚悟と幸せを手にする覚悟ができている方は開運鑑定でよりスピーディーにお進みなるといいと思います♪ 吉祥研究会「開運鑑定」


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