フェイスブックのリア充

日本人のフェイスブックはどちらかというと「ハレ」に注目が集まります。
「ハレ」とは晴れの日ということ。冠婚葬祭、行事などです。

対して「ケ」には反応がうすいかもしれません。
「ケ」とは日常という意味だそうです。

私はどちらかと言うと、たとえ「ケ」なことであっても「ハレ」のように表現するのが上手なのかもしれません。でも、これは、私の気の持ちようなわけであって、何がその根っこにあるかというと、やっぱり「感謝」なんだと思います。
できごとのひとつひとつが愛おしくてたまらない性格。ようは「感動しぃ」なんですね。

でもね。

「リア充」ってことばがありますけど、
これって、人と比べることではないですし、まして、自分が劣っている部分を探すために人と比較すること自体ばかげていると私は思うのです。きつい言い方かもしれませんが。

ってことはですよ、人と比べて優秀だと思う部分を探しているとも言えるのではないでしょうか?
何の意味がある?なぜ、人と比べる必要があるの?

私にしたら、今日息子たちが元気に家に帰ってくることも「リア充」なんです。
いろいろ日々あるから、あったから、夜家族がそろうっていることだけで充実していると感じるのです。
そして、それは、私だけの感じ方であって、誰かに同意を求めているものでもありません。

以前、
「お正月とか、ひな祭りにフェイスブックを見ているのがつらいんです」
という相談を受けたことがあります。

「???」となんだか違和感を抱きながらもいい答えがみつからなかったので、「だったらみなければいいと思います」とお応えしました。

お正月やひな祭りにお手製のお料理がならぶフェイスブックを見ていたら、自分に作れとプレッシャーがかかってお辛いそうです。

内心「だったら作ればいいじゃん」と思っていました。
お正月だったら、黒豆や、田作りや、昆布しめ買ってきて、卵焼きのひとつも焼いて、なんとなくきれいなお皿やお重に詰めて、お餅をやいて、麺つゆをのばしたつゆにうかべるだけでお雑煮です。
お雛祭りなら、すし太郎を買ってきて、ご飯に混ぜるだけでちらしずしが出来上がります。
何もみんながみんな時間をかけて作っているわけではなく、まずは食べてもらう人や、たまにフェイスブックにあげるネタができたと写真をとってアップしているだけなのです。

アップしている人たち(私を含め)の好きでアップしています。
それを、自分がやらないことと比較して落ち込むのは、なんというか身勝手と言うか。。。

「リア充」は自分でとりにいかないと。
と思います。そこに若干の演出があったとしてもです。
自分がとりにいく努力も行動もしていないのに、うらやましがられても、ちょっといい加減にしておくんなまし。です。



とかいいながらね、
本当は、正月に旅館なんかで温泉入って旅館のおせちなんか食べているのを見ると、「き~~~~~うらやましいぃいいいいいいいい!!」って思って見てます。
ひな祭りに、子どももつれてフレンチ食べに来ました~♪てのも「うらやまかしぃ~~~~!!」って思います。
でも、今の私にはそんなことするお金がないですから。
だから、自分の気持ちがうらやましいで占領されないように、手の中にあるもので、めいっぱい表現するんです。んで、「黒豆が炊ける女って素敵じゃん」と思いこんで1000円もする丹波の黒豆を横目に400円の北海道産黒豆を手にするのです。見ていろ。丹波に負けない黒豆炊いてやる!!というモチベーションで。
で、そんなことはフェイスブックには書かずに、「美味しそうに炊けました♪」とだけのせるのです。

まるで、湖を優雅に泳ぐ白鳥のごとく。(水面下では一生懸命足をばたつかせて泳いで)
で、なんだかわからにモチベーションだったのが、フェイスブック用にきれいに写真撮ってアップすると、おおおおお私がんばったじゃん~~♪
と何もかも忘れて喜んでいるのです。


フェイスブックに書かれていることなんて、水面上の白鳥です。
そこだけを見てうらやましがっているのは、陸に上がって休んでいる鳥です。
せめて、水に浮いていれば白鳥が一生懸命足をバタバタやっている振動も感じることができるのに。

昨日のお昼ごはん。
冷蔵庫をみたらろくなものがない。食べに行こうか。。とも思ったのだけど、ちょうどいい量のご飯が残っていた。しかも今朝炊いたご飯。もったいないな。
卵を焼くのも面倒だし、と見渡したら、カニカマ2本。パックの片隅に残っていたもみじこ。あとは、きゅうりの糠漬けならあるか。
それを適当に並べて食べようと(パックのままとか)思ったけれども、なんともわびしいので、そうだ、フェイスブックにのせたろ♪とカニカマも斜めに切っちゃってみたり、もみじ子もいい感じにまとめたり、お皿にのせてみたら、まあまあだったけど、まだちょっとさみしいから、柿剥いてのせたり、チーズのせてみたり、
そして、美味しそうに見えるように写真撮って、アップして。
さあ、食べよう。と思ったら、なんだか、とてもおしゃれにも感じちゃったり。
単純と言えば単純なんだけど。
私はフェイスブックのおかげで結構日々の暮らしが楽しくなった。
いかにきれいにみせようか。と工夫する事によってリアルに目の前にあるものが変わっていった。
カニカマはパックからでてお皿に盛られたし。

そうそう、ランチョンマットだって、フェイスブックで写真撮るために買って来たのだから。。ココだけの話(笑)

やってみればいいのにね。
んで、やりたくないなら、やってる人と比べるなんてナンセンス。


ま、何のためにフェイスブックやってるのか。一度そこんとこ考えてみたらいいかもね。

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