察しない男

つい、ひとに頼みごとをする時には、相手が断らないことを前提として頼みごとをしてしまいます。
これが、私との関係性が薄くなればなるほど、断られてもいいや。と軽い気持ちでお願いできるのですが、近ければ近いほど、断られては困るような状態で頼みごとをするので、その反応に逐一敏感になってしまいます。

私に旦那がいたころ。
ぽんぽんと3人の子供を産んで私は育児と仕事と家事でてんてこ舞いでした。
旦那だった人は、頼めばやってくれる人だったことはだったのですが、自分から気がついて配慮してくれる人ではありませんでした。まあ、いうなれば「気が効かない人」だったのですが。
で、「なんで、この人は目の前で私がこんなに大変なのに、なにか自分ができることはないだろうかと考えて行動してくれないのだろう?」という思いが私の中でどんどん膨らんでいました。
それは、言い換えれば、きっときがついてやってくれるだろうという期待感でした。

私の都合で期待しているのですから、しかも勝手に期待しているのですから、はなから気がきかないひとがそれを察するなんてことは無理だったのです。今ならわかります。

だけども、私はとても裏切られたような気分でいますから、いざ、ほんとうにせっぱつまった状態で頼みごとをする時には、とても不機嫌な状態です。
すると、いい方も重くなりますし、「これで、てめえ断ってみされ」(お下品ですみません)なんて思って言っているものですから、相手もそれを察知し
「できません」
だの
「無理」
だのが開口一番でてくるわけです。

そんな繰り返しで私はほんとに頼みごとがつらくなっていき、こんな嫌な思いをするくらいなら自分でどうにかするわ。と思いました。
だから、どこかに遊びに行きたいと思ったら、どうにかして子どもたちも連れてでることを考えましたし(旦那抜きで)、子どもたちに何かあって仕事を休まなくてはならない時も自分の仕事をやりくりして職場に時間休などをもらって対処してました。

「なんで、わたしばかりがこんなに一生懸命やらなくちゃいけないんだろう?」

と思いながら。
旦那に対しては今でも「あの人は気が効かない人だった」と思っています。
どういう環境で育ったら、あそこまで気が効かない人になるんだろう?と思っています。

ただ、ここ最近、自分で教室を持つようになりたくさんの人と接するようになってちょっとわかったことがあります。

それは、「だまっていてもわかっていてくれるだろう」というボーダーラインの内側に旦那をいれていたな。ということです。
お客様や、最近友人になった人は、はなから私のことを詳しくしらないという前提で私がいますので、ある程度の説明を交えてできるだけ段取りよく手順を踏んでお話するように心がけています。

が、身内になるとその辺をはしょって話をするので、なんていいますか、テレパシーのようなもので、通じ合っているというか、日ごろの流れで互いにある程度察しながら生活が成り立っています。
ところが、性格上身内であっても察する能力が薄い場合もあるというのが、昨今の長男を見ていて思うのです。彼の場合、家の外では一生懸命人の様子を伺って行動しています。ところが家の中に入ったとたんその能力を放棄してしまっています。

そして、彼をみていると、元旦那もそのタイプだったな。。と思うのです。
で、私も長男は身内ですから、「言わなくてもわかっているやろ」というような態度で話してしまいますから、なんだかぎくしゃくとしてしまう。。てなわけです。

しかも、彼の母親(私)は、説明が面倒だと思うと、諦めてイライラしながら自分でやってしまう。
「助けて~~」も言わずに。
こういうのをずっと見てきた長男が、なんだかますますめんどくさいな~と思いながらいたり、助けてってどうやったらいいのかわからんわい。ってなってたりするのは当たり前だな~~と気がついたわけです。

こんな本を見つけました。読んでいると、「あ~~~~~~、はいはい」とうなずくことばかり。
正に、元旦那と私の関係はこれでしたし、あやうく長男と私の関係もこうなってました。

別れてしまった人は今更どうこうしようとは思いませんが、
せめて、長男に対しては「どうしてわかってくれないの!?」なんて思わずに、通じる話し方を心がけてみようかなと思います。

男、女に限らずタイプとしてあるのかもしれませんが、私はどちらかと言うとテレパシーで話をしたがるタイプなので、わかってほしいと思った時には相手を見て伝えるコミュニケーション能力をつけたいな。と思いました。

なぜ、旦那とうまくいかなかったのか。
離婚が成立し気持ちがすっきりとしたおかげで徐々に見えてくるものがあります。
あやふや、もやもやしていたころは、ある意味こんな自分の嫌な部分が露見してしまう「結婚」なんてもうこりごり!!って思っていました。
それも、だんだん、氷が解けるように、
「だって、あれは、こういうことだったからだよ」
と納得ができ。自分を許すことができるようになってきました。

次があったら、
20数年前よりも確実に大人になっているはずですから、同じってことはない。のですよね。

コメント

  1. つまりはお互いに違う人格である事、男と女の特性の認識、親しき中の礼儀の有り様ですかね。66年間生きてきて夫婦生活40年を経てもまだまだな「ひよこ」の私です。離れてみると客観的になれる事も近くにいると見えない事の方が多いと感じています。ただ一つ言える事は「有難う」のひとことがいくつかの山を乗り越えるキーワードだったように私は思っています。


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    1. ☆細木さん、相手に期待していたことは、本当は何かを手伝ってほしかったわけじゃないのだと思うのです。きっと「ありがとう」と言ってもらえていたら私は仕事も、家事も、育児も、実家の行事もがんばれた。「すみません」が口癖で「ありがとう」も全部「すみません」な人だったのできっと「ありがとう」に枯渇していたんだと思います。
      私の中にも「ありがとう」と言わせない何かがあったのだとも思います。ちょっとしたボタンの掛け違いから、どこをどう修復したらちゃんとしたボタンの位置になるのかもわからずに・・・

      ま、それだけじゃ、ないですけどね。

      今やっと、客観的に終わった結婚生活を直視できるようになった。。。そう感じてます。
      息子たちに対しても、「やってもらって当たり前」から、「ありがとう、ありがとう」が言いやすい関係性を心がけたいなと思います。

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  2. 伊藤さん。
    しんみりとしながら、でも少し、興奮しながら?読ませて頂きました。
    離婚は、とってもプライベートな問題なので、しんみりと。
    でも、人が、何かを新たに得、何かに気づきかけている、ということに共感し、興奮を。
    この素敵な記事を、私のFBで共有したいのですが、構いませんか?

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    1. ☆水野さん、もう~~そこまで書いちゃうんですかぁ~!!とよく言われますが、共感していただいてありがとうございます。
      共有OKです。ありがとうございます\(^o^)/

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