無事が何より。

祈りは、祈っていることを人に認めてもらう必要はなく、
ただただ、ひとり祈りをささげたいと思う。




世界中の人々の幸せを願う時、毎日が祈りの日で。
無念に亡くなった方々を思い涙が流れる。

今朝送り出した家族が、もう二度と帰って来なくなる。
そんな理不尽で辛い目にあった家族を思い涙がつたう。

苦しい。
思いと同化して苦しい。

どうにもできない自分が苦しい。
何もできない自分が苦しい。

結局・・・

自分の苦しみから逃れるために祈る。

でも、祈らずにはいられない。





「行ってきます」と出て行った息子たちが、無事今日も「ただいま」と帰ってきますように。

今日会う皆様が、無事いらして、無事お家に帰ることができますように。

父と母が今日も笑顔でおいしくご飯を頂けますように。



たったこれだけのコミュニティーの範囲でも
たとえば、世界中のおかあさんが願ってやまないことを淡々と毎日祈る。




無事
が何よりのありがたい幸せ。


心配という名のエゴを子や他人に押し付けないように、コトバを祈りという形に変えて空に手放している。

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