プロの話を素直に聞くと得なことがいっぱいだべさ。
昨日は久しぶりに父母と過ごしました。
甥っ子の演奏会を見に行くまで少し時間があったので、満開の桜を見に、兼六園に向かっていました。
金沢駅からバスに乗り香林坊で降りたところで、父が「玉泉院を見たことがるか?」というので、大和デパートをつっきり、中央公園の方から向かうことにしました。
余談ですが、香林坊アトリオがあるところは昔父の実家があり、幼いころ中央公園や尾山神社や石浦神社は祖母の家に遊びにくるとは父が散歩に連れていってくれたところで、その当時よくまたがって遊んでいた中央公園のライオンの銅像が今でもちゃんとあるのを父と見たのはちょっと感動しました。
「こんなかわいい顔してたっけ?」
「ほんとやな」
「まあ、怖くない顔だったからのっかって遊んでいたんだと思うけど」
その昔中央公園にはグランドがあってラグビーをしていた父はよく練習をしていたことを初めて聞いたりしながら親子三人金沢城の方に歩きました。
「僕の後輩が兼六園の観光ボランティアの会長しててこの間案内してくれたよ」
父がそんな話をしているのを聞きながら歩いていると
「先生!」
前方から父に向かって笑顔で歩いてくる方が。
まあ、お察しの通りですが、今話題にのぼっていたその観光ボランティアの会長山崎さんでした(笑)
ボランティアの方々待機している待合所の風についてや、
2020年までに尾山神社の方へ抜ける橋が再現されることや、
頑丈な手すりの話や、
金沢城の大奥と呼ばれるところに出入りする方たちの通行手形を検閲する切手門(きりてもん)の桜がその日一番の見どころであることや、
お堀の石垣が300年以上一つも崩れずあることや
その石垣が実はパワースポットだとか、
この石垣は地震が起きたときに力が中央に向かい揺れるほど閉まる造りがだとか、
海外の建築家などがこの石垣の精巧さに魅了されていくことだとか
振り返った景色のそこが、秋の紅葉が一番美しいスポットであるとか、
辰巳用水からくる水の話
近未来、金沢城跡のあちこちで復元が行われる予定だとか
あそこに昔何があっただとか、謁見の間までに通るお部屋の数だとか
流暢にお話しされるひとつひとつが「へ~~!!へ~~!!」と知らないことばかり。
父母は遠慮して「もうここで・・・」と独占してお話を聞いていることを気の毒がっていましたが、私はここぞとばかりに聞き入っていました。
たぶん、地元の人間は観光ボランティアをつけて観光するなんてことはあまり経験がないと思います。話を聞かずとも知っていると信じ込んでいると思います。
でも、一度ちゃんとしたお話を聞きながら案内していただくとよいですよ。
何度も何度も訪れたはずの名所が、また一段と誇れる名所だと思えましたもの。
毎日毎日観光客相手に金沢城や兼六園を案内している方。
物腰の柔らかさ、お話のうまさ、知識。プロだなと思いました。
坂や階段の多い金沢城跡や兼六園を一日3往復はするそうで、足取りもしっかり、お話もしっかり。
つい最近おじいちゃんになっちゃったな~~と思う父と比べてしまいました。
父との会話から察するに、ラグビーの先輩後輩だそうで、高校時代の時のことを77歳になった今でも鮮明に話せるというのはうらやましかったです。60年も前の話ですもんね。すごいわ。
仕事を引退した後どう生きるか。
そんなことを想像したりしてしまいました。
年をとっても、何かのプロでいたい。
そんなことも思いました。
ここ数年、花見もせずに過ごしてきました。
誰かを誘うのも億劫で、人ごみも億劫で、もたもたしているうちにあっという間にその年の桜は散ってしまっていました。
今年も行けなかったな。
なんだか、取り残されたようなさみしさ。
今年は、お客様を誘ってみる勇気がなぜかわいてきて、お花見ランチもできました。
甥っ子のおかげで父母と花見もできました。
家に帰ると、次男が花見団子を買ってきてくれてありました。
これでもか!
というくらい桜を満喫できました。
青い空と桜色の桜。
後でもぞもぞ後悔するくらいなら、味わっておいた方がよいですね。
甥っ子の演奏会を見に行くまで少し時間があったので、満開の桜を見に、兼六園に向かっていました。
金沢駅からバスに乗り香林坊で降りたところで、父が「玉泉院を見たことがるか?」というので、大和デパートをつっきり、中央公園の方から向かうことにしました。
余談ですが、香林坊アトリオがあるところは昔父の実家があり、幼いころ中央公園や尾山神社や石浦神社は祖母の家に遊びにくるとは父が散歩に連れていってくれたところで、その当時よくまたがって遊んでいた中央公園のライオンの銅像が今でもちゃんとあるのを父と見たのはちょっと感動しました。
「こんなかわいい顔してたっけ?」
「ほんとやな」
「まあ、怖くない顔だったからのっかって遊んでいたんだと思うけど」
その昔中央公園にはグランドがあってラグビーをしていた父はよく練習をしていたことを初めて聞いたりしながら親子三人金沢城の方に歩きました。
「僕の後輩が兼六園の観光ボランティアの会長しててこの間案内してくれたよ」
父がそんな話をしているのを聞きながら歩いていると
「先生!」
前方から父に向かって笑顔で歩いてくる方が。
まあ、お察しの通りですが、今話題にのぼっていたその観光ボランティアの会長山崎さんでした(笑)
ボランティアの方々待機している待合所の風についてや、
2020年までに尾山神社の方へ抜ける橋が再現されることや、
頑丈な手すりの話や、
金沢城の大奥と呼ばれるところに出入りする方たちの通行手形を検閲する切手門(きりてもん)の桜がその日一番の見どころであることや、
お堀の石垣が300年以上一つも崩れずあることや
その石垣が実はパワースポットだとか、
この石垣は地震が起きたときに力が中央に向かい揺れるほど閉まる造りがだとか、
海外の建築家などがこの石垣の精巧さに魅了されていくことだとか
振り返った景色のそこが、秋の紅葉が一番美しいスポットであるとか、
辰巳用水からくる水の話
近未来、金沢城跡のあちこちで復元が行われる予定だとか
あそこに昔何があっただとか、謁見の間までに通るお部屋の数だとか
流暢にお話しされるひとつひとつが「へ~~!!へ~~!!」と知らないことばかり。
父母は遠慮して「もうここで・・・」と独占してお話を聞いていることを気の毒がっていましたが、私はここぞとばかりに聞き入っていました。
たぶん、地元の人間は観光ボランティアをつけて観光するなんてことはあまり経験がないと思います。話を聞かずとも知っていると信じ込んでいると思います。
でも、一度ちゃんとしたお話を聞きながら案内していただくとよいですよ。
何度も何度も訪れたはずの名所が、また一段と誇れる名所だと思えましたもの。
毎日毎日観光客相手に金沢城や兼六園を案内している方。
物腰の柔らかさ、お話のうまさ、知識。プロだなと思いました。
坂や階段の多い金沢城跡や兼六園を一日3往復はするそうで、足取りもしっかり、お話もしっかり。
つい最近おじいちゃんになっちゃったな~~と思う父と比べてしまいました。
父との会話から察するに、ラグビーの先輩後輩だそうで、高校時代の時のことを77歳になった今でも鮮明に話せるというのはうらやましかったです。60年も前の話ですもんね。すごいわ。
仕事を引退した後どう生きるか。
そんなことを想像したりしてしまいました。
年をとっても、何かのプロでいたい。
そんなことも思いました。
ここ数年、花見もせずに過ごしてきました。
誰かを誘うのも億劫で、人ごみも億劫で、もたもたしているうちにあっという間にその年の桜は散ってしまっていました。
今年も行けなかったな。
なんだか、取り残されたようなさみしさ。
今年は、お客様を誘ってみる勇気がなぜかわいてきて、お花見ランチもできました。
甥っ子のおかげで父母と花見もできました。
家に帰ると、次男が花見団子を買ってきてくれてありました。
これでもか!
というくらい桜を満喫できました。
青い空と桜色の桜。
後でもぞもぞ後悔するくらいなら、味わっておいた方がよいですね。
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